第一章:春の戯れ

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第一章:春の戯れ

   1  少し開いた窓から入ってくる空気はまだ少し肌寒い。肺に突き刺さる、とまではいかないけど、ブレザータイプの制服の隙間から肌の上を掠めていく冷風は鳥肌を立たせる。やや寒がり気味の俺の指先は、ブレザー以外の上着を必要としない程度の涼しさでさえも冷たくて、自分の体質が少しばかり嫌になる。  手のひらを擦り合わせてはあっと息を吐きかけてみても、温くなるのはほんの一瞬だけ。そんな俺を見ていたのか、少し離れた位置で返却された本を棚に戻していた人影の方から声がした。 「寒いの?」  図書室の中だから控えめな声。まるでそよ風みたいだ。吹いてきた方には目を向けないで、苦笑しながら「まぁ……」とだけ返す。 「間宮(まみや)くんって、ひょっとして寒がり?」  言い当てられて何と言ったものか。別にやましいことでも何でもないけど、何故か本棚から抜き出した辞書みたいに分厚くてやけにでかい本を落としそうになった。 「ちょっと、大丈夫?」 「大丈夫です。ちょっと手が滑っただけなんで」  心配そうな声を掛けられながら、本を両手に持って手押し車みたいな台に載せる。一週間に一度ある本棚の掃除の賜物か、本棚には埃はそれほど(まと)わりついていない。それでも乾いた布で拭いてみると、真っ白なそれがかなり灰色になるのだから不思議だ。たった一週間でこれだから、一日でどれだけの(ほこり)が溜まるんだろう。 「そういえば間宮くんはさ、なんで図書委員になったの?」  突然、隣からそんな風に訊かれた。本棚を往来する手の動きが少しの間だけ止まる。(まなじり)だけで隣を見ると、彼女も本棚の方をまっすぐに見ていた。 「よくある理由ですよ。俺以外に向いてそうなやつがいないから、ですって」 「それ、押し付けられただけじゃない?」  確かに。言われてみればそうかも。別に俺は何とも思わなかったけれど、ちょっと時間が経って思い返してみればそんな気がする。 「別に良いですけどね。言われなくてもやるつもりだったし」 「ふぅん」  中学のいつ頃からだったか、俺は暇な時間を見つけては本――主に文庫本規格の小説を読むようになった。読み始めた当初は比喩とか倒置法だとか擬人法だとか、そういうのはてんでからっきしだったせいで何が書いてあるのかは表面的なところしか分からなかった。それでも一冊、また一冊と読み進めているうちにそういう表現がどういう意味を成しているのかが分かるようになって、そうなれば国語系の成績にも良い影響を及ぼすようになって……。気づいた時には暇さえあれば小説の海へ自ら沈み込んでいっていた。
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