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灰色の雲が浮かぶ、そんなどんよりとした空の下を、何組もの親子が歩いていて、わたしの前を通り過ぎていきました。その時期、わたしの前で足を止めるひともめずらしくありませんでしたが、その日は雨、ということもあり、わたしに注目する者はほとんどいませんでした。
「あ、桜が」
と言ったのは、ひとつの傘に寄り添って、手をつなぎ歩く母娘の幼い娘のほうでした。悲しそうなつぶやきでした。雨を受けて、揺れ落ちる花びらに同情しているのでしょうか。桜の花の散りゆく様子は、その短い命から、儚いものとされているそうです。わたしの前を通った誰かがむかし、そんなことを言っていました。
わたしとしては不本意です。
だってわたしはあなたたちよりもずっとながくそこにあり、春が来るたびに、ここに花を咲かせているのですから。わたしからすれば、あなたたちのほうが、ずっと儚い存在です。
地面に落ちた花びらを一枚拾って、人差し指の腹に貼り付けたその娘の表情はひどく寂しそうでした。
不思議な話です。
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