第11話 灯火の行方

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第11話 灯火の行方

クリスマスも近い週末に、圭輔さんからの呼び出しで僕と美紀は、大分葉っぱの落ちた外苑の公孫樹並木を歩いていた。 「この辺、結構顔見知りが多いのよ。何処かで誰かに見られてる感じ。」 「見られると不味い?」 「うんん、別に平気だけど、和君て、医局の方へ出入りしているでしょう。」 「うん、脳神経科や内分泌科とか。」 「意外に、話題に成ってるみたい。」 「話題て、ぶっきらぼうとか愛想が無いとか言う類?」 「ふふふ、どちらかと言えば、もう一寸と良い方に。」 「まあ、美紀さえ解っていてくれれば、僕はそれで十分かな。」そんな話をしながら、持ち合わせの場所へ向かった。 その店に着くと、圭輔さんとお互いに顔見知りの女性がいた。 「茜ちゃん!」 「ああぁ、やっぱり。山下さんと美紀さんて、付き合ってるんだ。この間、並木道のベンチでキスしてたでしょう。なんか、とっても良い感じのカップルだから、思わず見ちゃったら、どうも山下さんみたいだし、女性の方は、男物のコートを着てて良く解らなかったけど、美紀さんに似てるなぁと思ってた。」茜ちゃんは、一気に捲(まく)し立てた。そばで、圭輔さんがニヤニヤ笑いながら、 「茜に、大変な所を見られた様だね。ああ、茜は、僕の妹、大分年の差が有るんだけどね。」 森下茜、医局の事務担当で、この夏採用された新人さんであった。高卒後、医療事務関係の専門学校に通っていたが、病院の事務に急な欠員が出来て採用された。 「ええ、本当に!」僕と美紀は顔を見合わせて驚いた。 「何で、二人はお兄ちゃんと知り合いなの?」その問いに、圭輔さんが答えた。 「和也君は、大学の後輩でもあるが、二人とも、あの山小屋での後輩だよ。」 「え、バス停から3時間も歩かないと、着かないて言う小屋?」 「3時間はオーバーだが、その小屋での知り合いと言うか、仲間だ。」 「山下さん見たいな、いい男が他にも居るの?ちょっと行って見たく成っちゃったなぁ。 お兄ちゃん連れてってよ、と言っても無理か。何時も日本に居ないし、じゃあー山下さんか、美紀さんでも良いな。」 「頑張って歩ければ連れて行くけど。」 「山下さんの事、医局では、ドクターて呼んでて、医局のお姉様方の間では、結構有名なんですよ。だから、てっきりお医者さんかと思ってた。」 「ああ、あんまり好きな呼ばれ方じゃないけど、まず医者じゃないし。研究所から、医局に打ち合わせに行ったりすると、茜ちゃんに良くお茶やコーヒーを入れて貰ってるんだ。」 「美紀さんとは、良くお昼が一緒に成るね。」 「うん、時々、こっちの事務も手伝ってもらってるの。」 「所で和君て、何時博士になったの。」 「だから、この間論文出して、それが切っ掛けで、こっちへ来る事に成ったんだけど、言って無かったけ。」 「和君!て、なんか親密な呼び方ですね。まあ、人前でキス出来る仲だから、うん、もう一寸と進んでますね?」茜ちゃんに突っ込まれて、面食らっている僕らに 「茜!いい加減にしなさい」と圭輔さんが、笑いながら助け船を出してくれた。 「何だかすっかり、茜に掻き回されてしまってすまんな。薫は、今ジュネーブの事務所だと思う。それからまた、バーミヤンのキャンプに暫く居る予定なので、当分また、帰国しない。僕も、年が明けたら、バーミヤンに行く事になっているんだが・・・実は、君たちに来て貰ったのは、岳君と多恵さんの事でなんだ・・・前回訪ねて行った時、山の仲間に会いたいと言ってたんだ。それで、近くに居る仲間だけでも声を掛けて見ようと思い、ご足労頂いた訳だ。」 「多恵さんの具合はどうなんですか?」と僕が尋ねると 「薫が言うには、あと数ヶ月て、所らしい。春まで保つかどうか。」 「何だか深刻な話みたいですね。」茜ちゃんが口を挟んだ。 「あの二人は、お互いに全てを受け入れての事だから、そんなに構えないで、普段通りに接してやって欲しいんだ。山の仲間として。」 多恵さんは、三十路の綾姉と同じ位の年であったが、決定的な違いは、その未来に残された時間の長さであった。年下の岳さんと四年前に結婚した多恵さんは、始め結婚を拒んでいた、拒むと言っても、相手の岳さんが嫌いと言う様な分けでは無く、自分に残された時間や、自分自身の病気、それに岳さんの心に残されるであろう、深くて辛い思いを幾らかでも軽くする事ができるのでは無いかとの思いからであった。だが、それ以上に、岳さんの思いの方が強かった。わざわざ国立の施設がある、郊外の町へ引っ越し、多恵さんに残された時間と共に暮らす事を選んだ。 「僕や薫は、この仕事柄、各地で助けられなかった命の重みを背負いながら先に進んでいるけど、岳君には既にゴールしかない。そんな生き方を選ぶべきでは無いと薫や僕は何度か説得したけれど、彼は多恵さんの救済者に成れればそれで良いと言って聞き入れなかったんだ。」圭輔さんは、思い出す様に語った。 僕と美紀は大体の事情は理解していたが、茜ちゃんは深刻な顔で聞き入っていた。 「そんな訳で、できれば茜も一緒に来て欲しいんだ。僕らの問題に巻き込んでしまうのは気が引けるが、ともかく普通に接してくれれば良いから。」圭輔さんは、茜ちゃんに諭す様に言った。 「うん、良いよ。お兄ちゃん達の仕事は、詳しくは解らないけど、私にできる事であれば何でも協力するから。」 「そうか有り難う。」そう言って、圭輔さんは 明日の予定を説明してくれた。
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