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1.配属初日
自分が人間に生まれたことに何か意味はあるのかと問われれば、柳瀬恵知はないと即答する。
地球上に存在する全ての魂と一緒に抽選ボックスに入れられ、確率論でただホモサピエンスとしてガチャポンされただけだと。
今ある人生は前世の所行の因果に何ら関係ないし、だからこの先どんな善意を不特定多数に向けようとも、来世に影響することもない。
軟体動物や昆虫、下手したらそこらへんの雑草にだってなり得る。
だからこそ恵知は感じない。
今日も昨日の繰り返しで目覚めて、服を着て、仕事に行く。
「柳瀬店長!」
「あ?」
始業を開始するタイムカードを切ると、自分のデスク前で敬礼せんばかりに姿勢よく立っている人物がいた。
「本日から配属になりました、消耗品担当の春田有です!」
「ああ、そういえばそうだったな。よろしく」
本配属は来週だったのに、身辺整理は済ませたらしいから五日から働かせてやってくれ、と前任の店長から電話があったことを、今ようやく思い出した。
師走前の忙しさにかまけて目の前の人物の着任日すっかりを忘れていたのは、入社三年目でどうせ戦力には値しないだろうと軽んじているせいでもあった。
「よろしく。桜橋店、店長の柳瀬です」
「存じ上げております!」
「ロッカーの位置はわかった? デスクは、消耗担当だからこのパソコン使ってな。朝礼は九時半から。はいこれうちの店内見取り図。まあ後はおいおいで」
「はいっ、ありがとうございます!」
渡したA4用紙のタテ幅がちょうど恵知と春田の身長差だった。
猫背猫背とパートさんたちから常々指摘される恵知なので実際はもっとあるかもしれない。
恵知はきゅるっとした瞳を覗き込んで、春田の前任店長へと向けた聞こえないため息を漏らす。
何が「すっごい可愛い子だから期待してろ」だよ。
確かに顔立ちは整っている。
もし「副業でモデルやってます」と雑誌の表紙を見せられても「ああそうだったんだ、だろうな」と納得できるレベルの顔面品質で、言い換えればこんなへんぴな田舎にはそぐわない。
細くて高い鼻の終止線がちゅっと上を向いているので外国人感もあり、等身が高いから身長が若干小さいことなど一見わからない。
が、どうみても男だ。
柳瀬は内心で舌打ちした。
『有』なんて中性的な名前だったしそんな釘刺されれば性別なんて改めて訊ねるわけもなく、電話口の狙い通り思いっきり女だと勘違いしていた。
別に、ひとまわりほども違う、下の毛も生えてないようなツルツルの新人捕まえてどうこうしようなんぞ邪まな下心は毛頭ない。
しかし恵知の落胆などいざ知らず、瞼を閉じてもまだ織り込まれてるんじゃないかと思うくらい深い二重の奥におさまる瞳はキラキラと、期待のエネルギーに満ちていた。
「あ、あのっ! 柳瀬店長改めまして申し上げたいことがございます!」
「はいどうぞ」
しかしこの軍隊感どうにかならんのか、と眉間に出かかるシワを抑えて恵知は手のひらを天井に向ける。
「インターンの時に柳瀬店長にお会いしてから、ずっと一緒に働きたいと思っておりました! この度は夢が叶って本当に嬉しいです、精一杯頑張りますのでよろしくお願いしますっ!」
あーやっぱり、なんか面倒臭いの当てがわれちゃったな。
それが春田有への第一印象だった。
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