15.酔っ払い

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15.酔っ払い

 春田は一回胃の中を空にして若干リセットされたのか、タクシーを降りてからはまあまあちゃんと歩けていた。  しかし家に入るのを見届けないことにはいかんせん気が収まらない。 「鍵は?」 「…どっちかのポケット」  鍵を開け家に入ると、とりあえずリビングにある茶色の一人用座椅子へと転がすことに成功した。  周りには作られただけの段ボールがいくつも転がっている。 「じゃあ行くからな? 明日は荷造りしないといけないんだろう、ちゃんと風呂入って布団で寝ろよ」  起き上がる時にジャケットのはしを掴まれ、バランスを崩し倒れ込んでしまった。 「待って。行かないで」  下敷きにされた春田の胴体から繋がった両腕が背中にゆるゆると回される。  ためらうほど弱い力だったのに、どうしてか振り払えなかった。 「一生のお願い。今日だけ」  全身が、分かるほど小刻みに震えていた。  もしかして、最初からこの展開を望みながら無理してアルコールを摂取したかもしれないという可能性が一旦頭をかすめると、そうである気がしてしょうがなくなった。  理性的で聡明な春田が、あれだけ人がいる場で周りの空気を読まず一人で酒に溺れるわけはないのだ。  眩しいほど素直で、痛いくらい不器用で、それでいてまっさらにけなげな男の髪を梳くと、より一層鎖骨に顔が埋まってきた。  それは迷子になった子供の不安げな仕草に似ていて、計らずとも恵知が過去を打ち明けたのは結果的に最良の切り札だったことを知る。  春田は安い使命感で「傷ついたあなたを助けたい」なんて迫れるような性格じゃない。  そんな単純な正義を振りかざせるあつかましい回路など持ち合わせていないからこそ、こうやって去りゆく恵知に顔を埋めるくらいしか出来ないでいるのだ。  アルコールの力を借りて、なけなしの虚勢で。  飲み過ぎた酒のせい、どうせ明日には忘れている、最後くらい一肌脱いでやろう、思いつく全ての言い訳をありったけ引っ張り出してそのつむじに口付けた。  ハッと見あげられる顔から唇だけ奪い取る。 「バカだな、春田は」 「なんで、ですか」 「こんなの好きになっちまって」  居酒屋で春田を取り囲んでいたあの女子たちのどれかにでもあみだくじして手をつけたならば、そこそこ一路順風な人生を歩めるはずなのに。  トップチャートで歌われる歌詞のように万人が共感できる、簡単だけれど安定した各駅停車の列車に乗り込んで、あとは居眠りでもしてれば自ずと目的地に着けたはずなのに。  何をどれだけ返してくれるかも到底わからない自分のような男にこんなになるまで焦がれるなんて。 「そんなこと言う恵知さんの方が、もっとバカ、…」  最後まで聞かないで今度は噛みつくようなキスをする。  舌をねじ込ませれば従順に吸い寄せられた、唾液で濡れる臓器の感覚を存分に味わう。  それに必死に答えようとしている姿がいじらしくて、逆に入り込んできた無垢な舌を捕まえて脅すみたいに甘噛みなんかしているうちにどんどん春田の息は上がってくる。 「ん…っ」  久しぶりだから、では片付けられない興奮を一方恵知は覚えていた。  潤んだ春田の瞳がショーケースで食品サンプルに混じった本物のゼリーのように二つ艶やかに光って、食べてしまいたい衝動を起こさせる。  馬鹿げた願望は叶わないので代わりに綺麗に浮き出る鎖骨をガリっと噛んだ。 「や…」  歯列の間から甘い声が漏れるが、今回ばかりはファンにお聴かせてできないのが残念だなんて思わなかった。  むしろこの声音が恵知だけの物になるなら、どんな拷問を受けようとも守り通すと今なら誓える。  鎖骨の中心から舌を這わせ耳たぶを捕らえる。口の中で転がしてみると一層春田の息は浅くなる。 「大丈夫? これでイかないよな?」  茶化すと本気の形相で睨まれて、もう可愛いなあと思うしかない。恵知の中で名乗りを上げるいじめっ子に主人格席を乗っ取られる前に、春田の上半身を剥ぎ取った。  セラミックを凝縮させたかと錯覚してしまうほどキメの細かい白い肌に鮮やかな小さい花が咲く。  恵知の知り得るそれよりも硬く小ぶりな突起を見た瞬間、欲情に火がついた。  別に己がゲイじゃないのだとしたら、この状況の何が一体興奮させているのだろうか。  考えるより先にその一つに舌を当ててみる。 「ああっ…」  稜線がない分、口に大きく含むことができない。少しでも歯を立ててしまうと引きちぎってしまいそうで、何倍も慎重に舌を這わせた。  強く触ると潰してしまいそうに小さい出っ張りはそれでもちゃんと与えられる刺激を感じとっていて、恵知の舌先の動きに合わせて背中はしなっていく。 「あっ…っ!」  厚い生地に押しつぶされている下半身の、もうずっと硬くなっているそれに手を当てた瞬間、早く見たくてしょうがなくなった。  ジッパーを引き下げ、窮屈におさまっているものを取り出す。 「まじか…」  水に赤いインクを数滴垂らしたみたいに染まりながらも透明感のある中心が、興奮を凝縮してそり立っている。  全身を晒された男でも女でもない生き物に恵知は息を飲んだ。  神話に出てくる半神のような神々しさだった。 「や、…やっぱり気持ち悪い、ですよね」  恵知の驚嘆を拒絶と取った春田が弱々しく呟く。 「いや、全然逆」  言いながらためらいなく根元を掴む。  親指で割れ目を覗いてみるともう中からにじみ出てきている。  耳の横で遊ぶ髪をどかしたら、顔を覆っていた指の隙間を鼻でこじ開け、軽い口づけを何度か落とした。 「嫌じゃないの?」 「めちゃくちゃ興奮する」  正直に打ち明けると恥ずかしくなって、笑いをにじませた。 「ほ、本当に?」  まだ疑わしげな問いかけを無視して今度は熱くなっているものを口に含むと、口腔でまた硬度を増す。 「あ、や…っ…」  先端を丹念に舐めながら、根元を同じリズムでしごいた。春田の呼吸が速くなってくる。 「っ…っ…」  悟られまいとしているのか声を押し殺しているくせに、身体は春田の意に反して正直に快楽を映し出している。  頂点に上り詰めていくのが手に取るようによくわかったから、吸い上げる力を強くして根元をぎゅっと握った。 「あああっ…!」  勢いよく放たれた白濁の液体を飲み込んでしまうのに躊躇いなどいらなかった。  キスを奪いに上に這い上がっていくとまだ整わない息ごと唇を深く吸い込む。  上顎のざらつきを舌先で触りながら「春田、聞いていい?」と呼びかける。 「は、はい…」 「挿れたい、って言ったらどうする?」  非喫煙者の前で『タバコ吸っていい?』と確認するより狡くて相手にとって部の悪い質問だと認めながら、それでも訊ねてみた。 「う、嬉しい」  いいでもいやでもなく、嬉しい。せり上がってきた感情を押しとどめることに失敗して、春田を力任せに腕の中に押し込めた。 「お前、やばいわ。危険」  コントロールが効かなくなりそうで。 「この家ローションとか、何かない?」 「手がひび割れた時用の、ワセリンくらいしか」 「それいいじゃん、どこ?」 「べ、ベッドサイドのテーブルに…」  奥の扉を指し示す。これは都合がいい、と春田の腕を首に絡ませると一気に抱き上げた。 「えっ? わっ…! ちょ、重いですからっ」 「そこらへんの女よりよっぽど軽いよ」  節々で気がついてはいるのだが、手を差し伸べたり少しでも優しくすると春田はいちいち恐縮する。  しかし今このシチュエーションで小慣れてない反応がこんなに可愛いと思ってしまうのは、身ぐるみを剥がし恥ずかしい姿を隅々まで見てしまった後だからだろうか。  シングルベッドに春田を寝かせる。  教えられた通りワセリンはサイドテーブルの上にあった。 「俺もコーヒー好きだから気持ちはわかるけどさ、さすがにカフェイン取りすぎじゃないの」  ワセリンの置かれているそばに二本ほどいつもの缶コーヒーが常備されている。 「あ…。朝起きて飲むとスッキリ起きれる気がして…」 「効能を信じすぎだよ」 「病は気から、の逆説みたいな」 「アホなこと言ってないでちゃんと睡眠を十分に取るんだよ」  軽く小突いてから、ワセリンの蓋を開けて人差し指にごっそりこそぎとる。 「触っていい?」  春田が恐る恐る頷く。ローションよりは頼りなく、水よりは信頼性のあるそれを塗り込みながら指を一本挿れてみる。  入り口の裏側にまで塗りつけるような感覚で指を出し入れした。 「ん…」  春田の顔がこわばっている。  それはそうだろう、これより何倍も大きいものをこれから受け入れるのだ。  だからと言ってもう手加減はできないのは、恵知の方だ。自分の中にこんなくすぶる欲情に紛れて青臭い情熱が残っていることにびっくりしている。  感情という感情は三年前この地方に移った時、何もかもゴミ袋に放り込んで捨て去ったと思っていたのに。  少しでも気をそらせてやろうと、後ろへの侵入はやめないまま、もう一度先ほど果てた場所を口に入れる。舌で遊んでいると徐々に熱を持ち始めた。 「あっそれ…やだ…」 「どっちが?」 「…いじわる」 「なんでだよ、聞いてるだけだろ。…ちょっと待ってな」  一旦中断していい加減鬱陶しかったシャツと綿パンを脱ぎ捨てる。するとさっきまで含んでいた性器が一回り大きくなった。 「お前な」 「恵知さんが反則です」   顔を赤らめて言う。  本当に好きなんだなあと今までは他人事に感じる場面であるはずなのに、きゅっと心臓が鳴った。嬉しさに振り子が引っ張られていた。  前に反り上がる屹立では一回頂点を見ているので、どれくらいで焦れるかの加減はもうわかった。真夏の太平洋海岸のように緩やかな波を与えつつそれでもそろそろと指を増やし、徐々に後ろの刺激を強くしてみる。 「あ、っ…あっ…」  十分にほぐれたかどうかは確信が持てなかったが、如何せん我慢出来ず、自分の中心を押し当てた。 「挿れるな?」  自分の喉から出たかすれる音は録音した誰かの声みたいに聞き覚えのないものだった。  挿入は、一度入ってしまえば想像していたよりもスムーズだった。 「ちゃんと、入ったぞ」 「うん、…」  引き抜く運動よりも、出来るだけ負荷のかからなそうな上下に揺らしてみる。  最初こそ春田の反応を伺えていたものの、味わったことのない感覚に恵知はどんどんのめり込んでいくのが自分でもわかった。 「や、…ああっ…」 「いたかったら、ごめん。もう止めらんねえから、先謝っとく」 「やめないで、…っ」  組み敷かれた春田の声につられて、腰の動きも激しくなった。恵知は夢中でその白くて薄い体を貪った。  女にはない性器の裏を掴む。  自分のそれとも似ているようで全く異なるものが激しい振動で揺れる。 「あ、あっ…あっもう…」  快楽に深く溺れて、悲痛なまでに歪められるその眉を見ていると、繋がれた身体から感情ごと伝染して、恵知も息ができなくなる。  しかしそれは春田からではなく自分から流れ出る気持ちなのかもしれないと、ふと思いたった瞬間には春田と一緒に達していた。
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