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4.階段にて
「はい」
「お前ちょっと一人で働きすぎ」
「え?」
「メンテナンス、商品陳列、倉庫整理全部春田がメインでやっちゃってるだろ」
「は、はい…」
「なるだけそういうルーティンで出来ることはパートさんに回せ。うまく自走してくれるパートさんを増やすことも社員の大事な役割だ。それに人間どいつも二十四時間しか持ち合わせてないんだから、あんまり仕事に捉われすぎるな。食われるぞ」
今の働きっぷりを見ていると、この先潰れてしまわないか不安になる。
「で、でも早く、ちゃんとみなさんに認められるような担当になりたいので…」
「そんなの真面目にやることやってりゃ自ずと付いてくるさ。がむしゃらに頑張ったっていいことないない。社会人やるこつは、細く長くだよ」
「細く長く…」
「そ。面談だので毎回十年計画とか未来像とか嫌ほど書かされるけどな、あんなの見せかけなんだから自分で信じてちゃダメだぞ」
「そ、そうなんですか?」
春田は大きくした目で瞬きを二回するが無理もない。
インフレ社会の渦に巻かれると社員はそれに加担する向上心を常に求められる。
そんなこと言い放つ上司など恵知だって自分以外知らない。
支社長なんかが聞いていたら目を血走らせどやされるだろうがあいにくここの一番上は自分だ。
「そうだよ。これから上に行ったってな、つらいことはいっぱいあってもいいことなんてそうそうないぞ。上からはとにかく売れ売れ強制されて下からはこんな横暴なこと出来ません拒否られていーっつもやんややんや言われ続けるわ、地球の果てにいようがウェブ会議はさせられるわ会社携帯は始終鳴りっぱなしだわ給料なんか上がったところで使う時間はないわ、そんな人生願わくばちょっとでも遅く来るほうがいいだろ」
怠惰な社員にはさすがにここまで言わないが、少々ショッキングな印象でも与えないと聞き入れなさそうな頑固さが春田にはあるので、思いきり切り込んでみた。
「そう、なんでしょうか…」
歯切れの悪い返しはまだ納得がいかないようだ。
『そうですね、じゃあ遠慮なく休憩室でお菓子食べてます!』なんて柄じゃないのはわかってはいたがこれは中々手強い。
恵知は戦法を変えてみる。
「お前、一生この店舗にいるつもり? だったらどれだけでも一人で抱えてパートさんたちに噂話させてりゃいいよ」
「それは…」
さっと春田の表情が曇った。
お、この手が当たりか。
「でもいつかまた移動でいなくなるんだよな? その時新しい担当者が春田のポジション引き継いで、なーんもできないパートさんたちに囲まれたらどうなるわけ? 自分だけなら時間を割いた分いくらでもできて当たり前。周りをうまく動かして機能させることが今の春田にはできてない」
「す、すみませんでした…」
わかりやすいくらいに俯くので少々可哀想になってくるが、しょうがない。
「これからは、気をつけて」
「はい…」
恵知が一階の扉を開ける時、あと残りの三段を春田は登り切れないでいた。
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