わたしのお湯

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 わたしはあなたへ、お湯を注ごうと思います。温かい水のこと、そうお湯です。あなたはろくにお湯を沸かすこともできないお坊ちゃん。そうでしょう?何でも人にやってもらっていたのだから。でも心配しないで、わたしがこれからもお湯を沸かしてあげる。  あなたはやかんの音をきっと知らない。沸騰を知らせる合図。あなたにはどんな音に聞こえるのかしら。今日もあなたは上を見てぼーとしている。ほら温かいでしょ?あなたの身体を拭いているタオルだって、お湯で温めているのよ。あなたは少し笑う。笑ったような気がする。    ある日、家でお湯を沸かしていた。 「ピーー」 お湯が沸騰した合図。でも何だか胸がざわざわする。警告音のように聞こえる。慌てて火を止める。怖くなって、あなたのところへ向かう。向かう。  あなたは何も変わらなかった。とても静かだった。私はあなたにキスをする。あなたの表情は変わらない。天井をじっと見ている。給湯室に行って、お湯を沸かす。今度は落ち着いて。やかんを持ってあなたのところへ行く。あなたはまだ天井を見ている。 「ジャーー」 わたしはあなたにお湯を注ぐ。あなたは驚いた顔をして、呻く。お湯を注ぐ。注ぐ。気が付けば、周りにたくさん人がいた。やかんを取り上げられ、取り押さえられる。気が付けば、わたしは泣いていた。頬がとても熱かった。涙が熱かったのだ。それはお湯だ。わたしのお湯。 「ねぇ、あなた。私、火がなくても自分でお湯を沸かせるみたいよ。」 あなたは少し笑う。笑ったような気がする。
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