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だがどちらを選ぶにせよ、国はなんの援助もしてはくれない。死んだ人間の埋葬さえも手伝ってくれないし、そもそも死んだり殺したりするための武器を供給してくれるわけでもないのだ。国のあちこちで既に暴動が起きている。正式な施行前にこの有様なのだ。実際に始まったら最後、この国は大混乱になることだろう。暴動が鎮圧されてもされなくても、恐ろしい数の屍が積み上がるのは免れられまい。
何故、貴族たちが生き残るために、庶民だけが犠牲を被らなければならないのか。
ふつふつと煮えたぎる怒りはあっても、誰もそれに対処できないのが現実である。
「僕は、まだ迷っている」
「……迷ってる、か」
「うん」
「現実的に言うとな、メイナード。人を殺すって、そんな簡単なことじゃないだろ。下層階級の弱い子供とか女とか老人とか狙う奴が増えるんだろうけどさ。それって、自分より力の弱い奴を殺して自分が助かるっていうことなわけで。……それで、罪悪感とかねえのかよ、って思う。殺すことそのものに手間取るっていうのもそうだけど……そうじゃなくてさ。そんな物理的な問題だけじゃなくて、さ」
そんな疑問が浮かぶフィルは、間違いなくこの国において真っ当な人間なのだろう。
彼はぐっと拳を握って、噛み締めるように言う。
「それが、法律で。正義だなんて言っちまったら。そんな自分を、許せるのか。そんな自分になっていいのかって思う」
人を殺せと政府は言う。でも、そんな一言で片付けられるような決断ではないのだ。要らない人間を選んで殺せ?じゃあその要らない人間を誰が決めるのか。誰に決める権利があるのか。そんなものを“国の掃除”だなんて言い切れる政府に、本当に正義はあるのだろうか。
そんな政府に従う自分を、果たして自分たちは受け入れることができるのか。
「けど、だからって、じゃあ自分が死ぬのが怖くないかっていうと……そんなことないだろ。俺が死んで、家族がどうなるのかとか、そういうことも考えちまうわけで……」
「それが当たり前だと思う。みんな、同じことを迷っている。僕も同じ」
「……だよな」
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