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彼は勢いよくベンチから飛び降りて、うーんと伸びをした。その視線の先には、不安を感じながらもいつも通りに振舞おうとする学生達が歩いていく姿がある。まるで慈しむように、俯いて恋人の腕にしがみついている女性がいる。暗い顔をして、ぼそぼそと話をしている男子学生達がいる。資料を持ってばたばたと走っていく職員や教員がいる。
誰もがこれでいいのか、と悩みながらも捨てられない日常。
今日まで生きて生きた自分を、誇りを、尊厳を。一体何故捨てなければいけないのだろうと皆が思っているのだろう。命を捨てれば誇りは守れるかもしれない。けれど、家族や大切な人の幸せは守れない。そして人を殺せば命は守れても――人としての誇りと、別の誰かの命は守れない。ならば。
「この国が人口爆発に悩んでいるのは事実で、人口削減が急務なのも確かだろう。だったら……代償は、“本当に要らない連中”に払って貰うしかないんじゃねぇのか。弱い奴を踏みつけるのは許せないが……強いくせに何もしない奴らを退治するのは、悪いことじゃないと俺は思うんだけどよ」
彼が何を言いたいのか、分からないほど馬鹿ではない。その選択はもしかしたら、最初に提示された二つの選択よりも愚かで無謀なことかもしれない。そんなこと、彼も嫌というほど理解しているだろう。
それでも。
「やるのか、本気で」
太陽の光を背負って立つ友人に、メイナードは静かに問う。
愚かとわかっていても、その本気を尋ねるのは。他でもなく、彼の言いたい事がそのままメイナードの本心であったからに他ならない。
「“語学が堪能で、親父が貿易商で海外の情報がある”誰かさんが助けてくれるなら、何でもなるような気がしちまうんだけどな。ましてやそれが、俺の一番のダチなら尚更だ!」
フィルは笑って、手を差し伸べてくる。
「やろうぜ、この国の……本当の意味での、大掃除!俺とお前なら、きっとできる!」
この国で反撃の狼煙が上がる、おおよそ一週間前。
おぞましい法律が施行されたその日――その名は国中に広まることになるのだ。
二人の大学生が中心になって、この国に反旗を翻した。その名をメイナード・カッター。そしてフィル・アクトンであると。
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