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その時、周囲のざわめきをかき消すように、虹坂が乱暴に椅子を引いた。
「おいおい、先生! 最初に答えるのは俺って約束しただろ?! せっかくのアピールチャンスなんだからよ!」
「え、そうだったっけ?」
担任がタジタジになる中、クラスメイト達は黄色い悲鳴を上げる。
「キャーッ! 虹坂君、頑張ってぇ」
「誰にアピールすんだよ、虹坂!」
「そりゃ、成績をつける担任と親に決まってんだろ?!」
虹坂は皆の視線を集め、堂々と黒板の前まで来ると、チョークで答えを書き殴った。
「はい、終わりー。先生、合ってます?」
「あ、あぁ。席に戻ってくれ」
「うぃーす」
虹坂は指先についたチョークの粉を鬱陶しそうに払いながら、気だるそうに席に戻る。
クラスメイト達は雨莉が席を立たなかったことなどスッカリ忘れ、彼を称賛した。
「早っ!」
「字、汚すぎ!」
「ついでに他の問題も全部、答えてくれよー」
虹坂が席に戻ってくると、雨莉が呆気に取られた様子で彼を見ていた。
「そんなにジッと見んなよ。恥ずかしいだろ」
手で顔を隠し、茶化す。
雨莉は真面目に受け取り、「ご、ごめんなさい」と視線を外した。まともに虹坂の顔を見たのは、初めてだった。
(虹坂君ってあんな顔だったんだ……)
虹坂は乱暴な口ぶりからは想像できない、甘いマスクをしていた。
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