1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

 その時、周囲のざわめきをかき消すように、虹坂が乱暴に椅子を引いた。 「おいおい、先生! 最初に答えるのは俺って約束しただろ?! せっかくのアピールチャンスなんだからよ!」 「え、そうだったっけ?」  担任がタジタジになる中、クラスメイト達は黄色い悲鳴を上げる。 「キャーッ! 虹坂君、頑張ってぇ」 「誰にアピールすんだよ、虹坂!」 「そりゃ、成績をつける担任と親に決まってんだろ?!」  虹坂は皆の視線を集め、堂々と黒板の前まで来ると、チョークで答えを書き殴った。 「はい、終わりー。先生、合ってます?」 「あ、あぁ。席に戻ってくれ」 「うぃーす」  虹坂は指先についたチョークの粉を鬱陶しそうに払いながら、気だるそうに席に戻る。  クラスメイト達は雨莉が席を立たなかったことなどスッカリ忘れ、彼を称賛した。 「早っ!」 「字、汚すぎ!」 「ついでに他の問題も全部、答えてくれよー」  虹坂が席に戻ってくると、雨莉が呆気に取られた様子で彼を見ていた。 「そんなにジッと見んなよ。恥ずかしいだろ」  手で顔を隠し、茶化す。  雨莉は真面目に受け取り、「ご、ごめんなさい」と視線を外した。まともに虹坂の顔を見たのは、初めてだった。 (虹坂君ってあんな顔だったんだ……)  虹坂は乱暴な口ぶりからは想像できない、甘いマスクをしていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!