第1章「あの事件、語る男たち」

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「はあ、あの、僕の名前は笹であって、米ではないんですが……」  コメ、コメ、と呼ばれる男の苗字は「笹」である。  なんならパンダでも良さそうなものだが、チーム随一の常識人である篠原は、少し困ったように愛想笑いを浮かべた。 「知ってます。ごめんなさいね、愛称ですよ愛称。ニックネームという感じです。気にしないでくださいね」  表向きな説明だが一応の配慮はある。笹が頷きかけたところで、市山が被せてきた。 「ササニシキだから米なのは、当たり前じゃないですか」 「しょうがないですよねー。誰だってコメって呼びますわ。うははは」  トドメを刺した後藤の言葉に、笹の顔には諦めに似た薄い影がさす。 「しょうがないって、あのですねー……」  言われっぱなしではいけない、と思ったのか意を決した笹が言い返そうとしたのだが、それは花崎によって遮られた。 「すごいですよね、ある意味で。クライアントの名前が山田錦で外注デザイナーがササニシキ。酒と米のダブル錦コンビですもん。これを目の前にして炭水化物を意識するなっていう方が、ちょっと無理がありますよねー」 「花崎さんまで、そんなことを……」  ふわふわ系かわいい女子の花崎からでてきた言葉に、あからさまに傷つく笹に市山はニヤリと笑みを浮かべた。 「あ、もしかしてショックを受けてます? コメのくせに」 「あらあ。もしかして、花崎さんが好みだったのかな、コメさんてば」  そこに市山が乗っかり、さらには面白いものを後藤が嗅ぎつけた。 「おろろろ? これはもしや、波乱の気配ですな? コメは花崎どのがエンゲー―――ジしたこと、知らないのでござるか」 「えっ」  後藤が投下した爆弾に、笹の動きが止まった。
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