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それは、わたしが旦那さまの書斎を掃除しているときのことでした。
「指輪……?」
床の隅に鈍い光を見つけ、しゃがんで拾い上げたのは飾りのないシンプルな指輪でした。
身寄りのないわたしが明星家に家政婦として雇われ、メイド服を着せていただいて10年が経ちました。一通りの仕事をこなせるようになり、労働の喜びを、誰かに必要とされることを感じられる穏やかな日々。
窓を水拭きして、書棚の埃を丁寧に取り除き、床は隅々まで磨き上げるという作業は、わたしに与えられたなかで最も好きな仕事のひとつです。
「……?」
ところが初めてのイレギュラーな出来事に、わたしはしばし固まってしまいました。
さらによく見れば、裏側には刻印があります。
普段なら気にも留めないのですが、わたしが産まれた年が刻まれていたのでつい見入ってしまいました。
「はっ。いけませんわ。お掃除の時間が短くなってしまいます」
我に返ったわたしは白いフリルエプロンのポケットに指輪をしまい、再び掃除を始め——事もあろうに、その存在を失念してしまったのです。
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