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数日後。
旦那さまが外国出張から戻ってきたので、俄にお屋敷のなかは慌ただしくなりました。
実業家として国内外を問わず活動されている旦那さまは、年々、お屋敷で生活する時間の方が短くなっています。それだけお仕事が充実されているということなのでしょう。
それでも家政婦一同、旦那さまの疲れを癒やしたいと気合いをいれて仕事に励みます。わたしは掃除係として、バスタブを鏡のように磨き上げることに集中します。
フリルエプロンは外して、タイツは脱いで丁寧に畳み。
袖をしっかりと捲り上げて、メイド服が汚れないように努めます。
願いは、ただひとつ。食事後に旦那さまが心ゆくまでバスタイムを楽しんでいただけますように。
ところが。
くすくす、という笑い声が耳に届き顔を上げると、バスルームの入り口に旦那さまが立っていらっしゃるではありませんか。
「君は昔から、掃除をしているときが最も活き活きしていますね」
「だっ、旦那さま。ありがとうございます」
慌てて背筋を伸ばし、深くお辞儀をします。
すらりと背が高く、手足の長い旦那さま。
今日は紺色のベストに白いシャツ、それから紺色のスラックスパンツという恰好をしています。ロマンスグレーの髪は後ろに撫でつけ、少し面長の顔は笑うと目尻に皺ができる、いつも穏やかな旦那さま。
そうでした。わたしが掃除をしていると、必ずといっていいほど姿を現され褒めてくださるのでした。
「今日の風呂が楽しみです」
「もったいないお言葉です。……あ!」
突然現れた旦那さまに、突然、記憶が蘇りました。
はしたないとは分かっていますが慌ててバスタブから出て、畳んであったフリルエプロンの隠しポケットを探ります。
硬い感触を取り出すと、急いで旦那さまに差し出しました。
「……申し訳ございません。先日、書斎を掃除したときに落ちていたものを報告し忘れておりました」
なんということでしょう。洗濯でも紛失しなかったものの、わたしは旦那さまの持ち物を数日間持ち歩いていたのです。
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