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時刻は午前8時。晴天。
冬は、からっとした天気の方が雨よりも寒い。容赦ない外気の猛攻に俺は袖の奥に手を隠す。
「ンー、さみぃな。」
「うー…冬なんて嫌いだ。」
「そっかぁ? 俺はけっこう好きだぜ。イベント事が多くて楽しい。」
「あーはいはい、リア充が楽しいイベント盛りだくさんだもんね。俺には、関係ないけど。」
隣では渡さんが両手を天上に掲げて伸びをしている。今日は自分のアパートには帰らず、開いている店かコンビニに寄って、それから渡さん家に行く予定だ。
友達の家に行くなんて何年ぶりだろう。加賀美さんは元カノだから、ノーカン。
昔から友達は片手で足りる人数しかいない。代わりに仲良くした人みんな、今でも変わらず連絡を取り合っている。陰キャな俺がこうして人間関係を捨てないでいられるって幸せなことだ。
「そうでもねーかもしんないだろ? ほら、こないだ乙ちゃんに…」
「いや、いや、いや! あれは違うだろ。違うよな!? ま、まさかまさ…俺が、俺にそんな…ごはんとか…。」
「めちゃくちゃ浮かれてんじゃねーか。」
「う、ううっ浮かれてなんかない!」
「声裏返ってんぞ、童貞。」
ど、どどど童貞…ですけど。なんなら初チューも男ですけど。
俺、柚木敦はこの間、同じ職場の後輩の山寺ちゃんにご飯に誘われた。唐突過ぎて困惑したうえに、童貞丸出しの反応を渡さんに見られてにやにやされた。
そんなわけで俺は、いま、調子に乗っている。
いいじゃんか、いいじゃんか。浮かれたっていいじゃんか!! だって生まれてこのかた女の子にモテたことないんだもの。高校の時、彼女はいたけど…あれはほとんど流されてそうなったみたいなとこあるし、自然消滅だし。
年下の、可愛い女の子にご飯誘われて喜ばない陰キャはいないんだよ。いや待て、もしかして俺と一緒にって意味じゃなかったのかもしんない。もうすぐ忘年会だからってこと? みんなでご飯楽しみですね的な? 俺、不参加だけど。
「騙されてんのかな…。」
「おまえ今の一瞬でどういう情緒したらそう冷静になるんだ。まー美人局ってのはイケメンより凡人がターゲットだもんな。特に非モテ陰キャ。」
「うぐぅ…。や、やめろよな変なこと言うの。」
「乙ちゃんに限ってねぇ。ははは、っつーかそしたらマジで敦に春が来たってことかねぇ。加賀美君、発狂だな! ははは!」
「ちょっな、なんで加賀美さんの話になるの。」
んー? と、しらばっくれて渡さんが俺に意地悪な流し目を送る。
だって、だっておかしい。俺が山寺ちゃんといい感じになって加賀美さんが発狂するってなんでそう思うんだ。俺だって何が起こるかわかったもんじゃないのに。
「見てりゃわかるわな。加賀美君、おまえのこと好きすぎるもんな。あれ、ヤバいぜ。」
「やばい、って。」
「まっとにかくコンビニ寄って帰ろうぜー、酒とつまみな。夜勤明けのちゃんぽんキメるか?」
「や、俺、チューハイしか飲めない…。」
気になる切り方だけど、これ以上の深入りはしたくないと話に乗っかる。
全部杞憂であってくれと天に願っておくが、やっぱり女の子からのお誘いに浮足たたずにはいられなかった。
あの日の夜、加賀美さんからメッセージが届いた。
山寺さんのこと、ありがとう。
ただ一言だけの文章。俺のことなんてひとかけらも書かれていないのに頭の奥がじんとする。末期だ。
もし。
もし本当に山寺ちゃんとそういう雰囲気になったとして。
俺は加賀美さんへの気持ちと、長年憧れていた普通の幸せ。どちらを選ぶのだろうか。どちらを選ぶのが、正しいのだろうか。
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