茶腹も一時

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随分、あっけない幕切れだった。 休日、俺たち二人の待ち合わせの定番スポットだった、駅前の謎のシンボル前に設置された長椅子。 いつもみたいに待ち合わせして、いつもみたいにデート、の予定だった。珍しく彼が俺を誘ってくれたものだからいつも以上に舞い上がって。その場で言われた一言。 「『別れましょう』…かぁ。」 思い出すだけで滑稽だ。いつでも笑みを絶やさず『優しい加賀美さん』を貼り付けてきた俺が言葉に詰まるなんて。 憧れだと思われるよう、尊敬されるよう行動してきた俺には動揺も、ましてや素を晒すなんて初めてだった。 去年俺がクリスマスプレゼントであげたマフラーを、今日はつけていないことが気がかりだったけど。寒がりな彼はいつの間に買ったのか、ネックウォーマーに顔半分を沈めながら、赤い鼻をすすって少し気怠そうに俺の前に立った。 正面きって彼が俺に言葉をぶつけたのは初めてではなかろうか。いつも、彼は俺の隣にいたから。 おかしいな?俺は振られたのか?しかも曖昧に理由を濁されたまま。 おかしいね?柚木君。完璧に制御できているものとばかり思っていたけど。 柚木敦君。俺の大事な大事な、可愛い恋人。 待ち合わせ場所から一歩も動けないまま、日が暮れる。 取り出した真っ暗なスマートフォンの画面に、今にも柚木君が連絡してくれるのではないかと淡い期待を抱きながら。 街灯が俺を照らした時、それはありえないと思い至った。 だってあの子はとても恥ずかしがり屋だから。人見知りすると無愛想になって、仲良くなると、よく笑う。照れ屋で、褒められると謙遜よりまず顔に出る。 最初に目をつけたのは俺だった。 柚木君を一番知ってるのは俺。理解者も俺。 冷たい風が頬を撫でる。冷え切った思考。答えの出ない思案。 なぜ、どうして? もう好きじゃないと彼は言った。何が彼をそう駆り立てたのかわからない。別れるなんて安直な結論に達したのか。 不思議と怒りの感情より、疑問と僅かな悲しみが勝る。感情に疎い俺の心はあの子の言葉に確かに脈打って、傷ついたらしい。傷口から零れる液体が、粘着質に彼を想う。 別れる。言葉通り、そして彼がそれを行動にうつすなら、彼はもう俺と会うつもりはないのだろうし、たとえ顔を合わせても知らないふりをするのだろう。 考えただけで、あってないような心が推測すら強く拒絶して焦燥にかられる。 ああやっぱり。俺ってば、あの子がいないとダメになっちゃう。 柚木君にとって、もしかしたら俺は何でもない存在だったのかもしれない。でも俺にとっては違う。 彼は俺の心臓で、生まれて初めて好きになった人で、一目見た瞬間からずっと彼だけを求めてきた。ずっと、ずっと前から。それはこれからもかわらないのだろうな。 すっかり冷たくなった指を動かして、電話をかける。相手はもちろん、可愛い可愛い恋人。 無機質な冷たいスマートフォンを耳に寄せて、質の悪いコール音に耳を傾ける。 案の定、彼の声は聞こえることなく、自動終話。しばらくしてスマートフォンはスリープモードになった。街灯が反射してオレンジ色の光と自らの顔を黒い鏡に映し出す。 こんな状況でさえ、俺の唇はゆっくりとつり上がった。 「ふうん?そういう態度をとるんだ。そういうことなら俺だって容赦しない……逃がさないよ、敦。」 さて、これからどうしてあげようか?
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