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お話相手代行
去年の春先だったか、どうにも仕事や日常が嫌になって、かと言って社内に愚痴れる相手もいなくて、ふとインターネットで調べた「お話相手代行」というサービスが気になって、問合せしてみる事にした。
ちょっとどうなの、と自分でも憐れな気がしたが、その時は誰か、自分の全く知らない人と話して何かの突破口にしたい気持ちがあって、えいや、とメールフォームから訊いてみた。
こういうサービスは普通は電話かインターネット・チャットを使うのだそうだが、ここは実際に会って話す対面サービスもあるという事で、ますます怪しげな気配は濃厚だったが、業者のシンプルなウェブサイトに出ている「スタッフ一覧」の中から、ある女の子を選んだ。
それが、クボさんだった。年齢は二十代前半、という事しか分からない。自分の最寄駅で待ち合わせできて、ちょうど時間が空いているという事だった。
1時間お話して幾らかのお金をお支払する。勿論お話しするだけ、どこかのカフェなんか以外には連れだせない。それはそうだろう。
ウェブサイトからの返信は丁寧で好意的だった。話はとんとん拍子に進んで、ぼくはこうして、クボさんと待ち合わせする事になったのだった。
しかし二十代前半の若い女の子に、お金を払ってお話をするというのは、なんだから自分の倫理観のどこかをひりつかせるものがあったけれど、その時は反面、そういういかがわしい所に飛び込んでみたい意識が勝ってもいた。
繁華街の、人通りの多い路面店の前で待ち合わせる事になった。
ぼくはその日、少しだけいつもよりいい服を着て、夕方は仕事もそこそこで切り上げて、待ち合わせ場所に向かった。怖いお兄さんが一緒についてるんじゃないかと、少し心配ではあったが、幸い繁華街で人の出の多い日だったから、いざとなったら人ごみに紛れて逃げればいいと思っていた。全くいい大人が情けない、とは思ったが、蛮勇を奮い起こして、クボさんが現れるのを待った。
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