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歩幅を彼女に合わせながら、ぼくは歩いた。
「自分のペースで良いと思う。そうしてる間に、ここに馴れて来るから」
「そうなのかな……」
何となく、けれどそれは強い確信に近い感覚で、ぼくはもう彼女に逢う事はない気がしていた。元々、他人なのだ。偶然に「話し相手」になった二人でしかなかった。
お金が介在した間柄だった。他人でいなくてはいけない関係だった。
駅の改札近くまで来て、ぼくは立ち止まった。
「それじゃ。気をつけて」
やはり人の流れが速い。
「……それじゃ」
ぼくは手を軽くあげ、クボさんも遠慮がちに手を振った。
踵を返し、歩き始めた。
もう振り返っても、人の波で彼女は見えない筈だった。
「話し相手」サービスの業者にその日の夜、終了メールを入れた。すぐに返信が来て、ぼくは少し面食らった。
メールには「クボが大変感謝して連絡をくれました。『ありがとうございました』とお伝えください、と。またのご利用、お待ちしております」
それがクボさんなりのぼくへのさよならなのかもしれない。
少しの間、ぼくはスマートフォンのその字面をぼんやりと見つめていた。
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