ぼくらのペース

3/3
前へ
/30ページ
次へ
 その日は客先に出かける日だったので、ソフトジャケットを羽織っていた。待ち合わせていても、相手の顔が分からないので、やはり所在無く人ごみを眺めるだけだった。  ふと、眼の前をクボさんに似た女性が通り過ぎた。  ぼくは思わず呼びそうになったけれど、何とか堪えた。 「……あの、××さんですか?」 「あ、え、はい」違う方向から声をかけられて、ぼくは少し戸惑った。  立っていたのは、明るい髪色のショートカットの女の子だった。  綺麗なピアスが形のよい耳に似合っている。ライダースジャケットを上手に来ていて、少年のような女の子だった。 「こんばんは。沢木です。沢木ひとみって言います」 「あ、どうも。××です。よろしく」 「クボさんって、誰ですか?お知り合い?」  結局、全部口に出てしまっていたようだった。 「いえ、うちの取引先の人に似た人が居たので……」  ぼくがしどろもどろで答えていると、沢木さんは唇のところに手を持っていき、くすっと笑った。 「あたし、××さんについてもう、ひとつ分かった事があります」 「……え?」 「嘘が下手なこと。…それじゃあ、お話。聴かせてくださいね」  彼女はこなれた笑顔でそう言うと、ぼくを促すように首を傾げた。  かなり手ごわそうな女の子だった。クボさんとは全く違うタイプだけれど、それでもぼくは、嫌な感じはしなかった。  ぼくたちは人ごみに乗った。  クボさんはクボさんのペースで。沢木さんは沢木さんのペースで。  ぼくもぼくのペースで、歩いていくしかなかった。      (終)
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加