牡丹で彩る

9/34
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
「お店、今日はお休みなの?」  肩を震わせて水原が振り向き、あっと思った紫は、水原が謝罪する前に、もう一度同じ言葉を繰り返した。じっと紫の顔を見つめながら、水原は答える。 「普段は使ってないんですよ。昔はこの辺も人が多かったからやっていけたみたいなんですけど、今はもう厳しいんで。俺以外、家族はみんな美容師で、アーケード街の近くで店をやってるんです。ここは、近所の人から頼まれたときにばあちゃんが髪を切っています」 「へぇ、そうなんだ」  レース編みのカーテン越しに、淡い光が差し込んで、空間に散らばる細かな埃がやわらかにきらめく。「冷えますね」と言いながら、水原がエアコンをオンにした。レトロなお店でもエアコンはあるんだなぁなんて、もしかしたら失礼かもしれないことを思いながら、促されるまま上着を水原に預けた。木目の床に椅子は二台。その内の一台に紫は座らされ、首元にタオルが巻かれた。その上から、いつも美容院で巻かれるビニール製のマントのようなもの。そうだった、私、前髪切られるんだった、と今更ながら心許ない気持ちになった。 「切って、本当に良いですか」  水原に訊かれ、紫は頷いた。頷きが小さかったような気がして、もう一度大きく。「じゃあ、失礼します」と櫛の硬い感触が額に触れる。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!