牡丹で彩る

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 ぽちゃん、と。  身体の奥で、水が落ちる音がした。  二回生になってすぐの頃だった。「兵頭(ひょうどう)さんって、それこそ源氏物語に出てくる姫みたいじゃん。いや、フツーに無理でしょ」――好きな人の笑い声は、まるで温かな春の光みたい。細く開いたドアの隙間から漏れてくる楽しそうなきらめき、それとは裏腹に、銀色のドアノブがやけに冷たく感じて、身体が凍ったよう動かなくなった。「平安時代に生まれたんだったらよかったのにね」と、好きな人の声が言う。先日の授業で見た源氏物語の絵巻を思い出す。艶々の黒髪に囲われた白くて丸っこい顔に、細い目で微笑むお姫様。ああ、確かに私みたい。  そのとき、不意に足音がした。背中の方からしたそれに反射で振り向くと、その人は立ち止まり、大きく目を見開いた。後ろから差した陽の光が整った顔に淡い影を落とすなか、彼はぽかんと口を開けた。ああイケメンはそんな顔でも様になるんだなぁと何だか悔しくて情けなくて、顔を隠すようにして逃げ去った。
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