牡丹で彩る

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「あと、リップだけ、すみません」  そう言って唇に当てられたリップは、牡丹の花を思わせる鮮やかなピンク色だ。「えっ、それ、絶対似合わないよ」と戸惑う紫に構わず、「大丈夫ですから。こっち向いてください」と水原は紫の顎に手を添えた。座っている紫は、水原を見上げる形になる。蛍光灯の光を透かした柔らかい髪に、くっきりとした二重瞼と高い鼻。薄い唇はぎゅっと結ばれていて、白くて細い顎の下には、ぽつぽつとひげを剃った毛穴の跡が見て取れた。そっか、男の人だもんね、と今更ながら思った。儚げで、中性的な水原の顔立ちとのギャップに驚いたのか、紫の心臓はどくんと音を立てた。紫が動きを止めた隙に、水原はピンクのリップを紫の唇に塗り込んだ。そうして完成した顔は、まるで自分とは思えなかった。 「え、これ私じゃない」  しかし鏡の向こうから自分を見つめてくる女性は――切れ長の目をした涼やかな印象の女性は、紫の声に合わせて唇を動かした。「先輩ですよ」と水原は思わずといったように噴き出した。こんなに緩んだ表情を水原に向けられたのは初めてだ。当たり前だけれど、イケメンは笑顔もイケメンだった。 「先輩、元はそんなに悪くないです。いっこいっこのパーツは控えめだけど、配置は綺麗だと思います。さっき、ばあちゃん、美人だって言ってたんですよね? それは多分そういう意味です。すっぴんで比べたら、俺の基準では普通か、普通より上にいきます。けど、先輩って普段リップしかしてないじゃないですか。周りはメイクしてる人ばっかりでしょ。その中で比較されるんですから相対的に落ちますよね。あと、体型も別に何とも思ったことないです。犬飼先輩がかなり華奢だから気になるのかもしれないけど、先輩だって標準体重くらいか、むしろ軽かったりするんじゃないですか」  水原の言葉を、紫はぽかんと口を開けて聞いていた。
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