牡丹で彩る

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 授業の準備に卒論のテーマ決めにさらには就活の下調べ。三回生の後期ともなると、何かと慌ただしくなる。学生研究室で、紫がノートパソコンに向かっていると前の方から声が飛んできた。 「あっ、前髪、まだ無事なんだ」  肩を竦ませて顔を上げる。声の主は、同じ日本語学・日本文学コースに所属している雛形(ひながた)(ゆう)だった。雛形はドアを閉め、ロの字に並んだテーブルの向こうからこちらにやってきた。 「雛形くんも知ってるの?」 「だって、すごい話題になってたよ」 「うわ、ほんとに? 一応、次の土曜日に切られる予定だけど」  答えながら視線を落とした。鎖骨の下あたりまで伸ばし、真ん中分けにしている前髪。それを弄りながら、「どうするんだろ、眉上ぱっつんとかにされるのかな。それこそ平安時代の姫みたいに?」と首を傾げる。雛形と、紫の隣に座っていた犬飼(いぬかい)公香(きみか)が声を上げて可笑しそうに笑った。紫も笑い声を重ねる。 「いやでも私、平安時代だったら絶対モテてたから。色は白いし、顔は丸いし、目は細いし、髪は長いし、ぽっちゃりだし、和歌だってきっと得意だし!」 「はいはい、それはもう分かったから」  公香が半笑いで紫を窘める。雛形の方はまだ笑いながら、書棚の方に向かっていく。背の高い彼は、一番上の棚にある分厚い本を難なく取って、紫の隣を一つ空けた席に腰掛けた。 「でもさ、何でそんなに目の敵にされてんの」  こちらに身を乗り出してきた雛形に動揺を気取られないように気を付けながら、紫は首を傾げる。 「何でかなぁ……、全然心当たりがないんだけど」  これまでの行動に考えを巡らせてみても、これだ、と思える出来事どころか、これかもしれないと思うような出来事すらない。それなのに紫は、どういうわけか目の敵にされている。後輩の、水原光貴に。
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