牡丹で彩る

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 一期下の水原は、紫と同じコースに配属され、学生研究室で顔を合わせることが増えた途端、何かと紫に突っかかってきた。例えば「私、平安時代だったら絶対モテてたからね」と言えば「ここ現代なんで。現実見たらどうですか」と返され、「百人一首だって全部言えるんだから、和歌のやりとりとか絶対得意だよ」と言えば、「百人一首って平安後期に成立したものだから、平安時代じゃ意味ないんじゃないですか。万葉集とか古今和歌集を覚えてるんなら分かりますけど」などと返される。先程の紫の発言も、もしここに水原がいたら盛大な反撃に合っていたはずだ。とにかく水原は大いに紫が気に食わないようで、遂には先月、かるたの勝負を挑まれた。 「百人一首が得意なんですよね。じゃあ俺と競技かるたで勝負をしてください。それで、もし俺が勝ったら前髪を切らせてください」  煽るような口調で言われたその挑戦に、「いやでも、かるたって」と紫は躊躇した。しかし、「そういうのいいんで」と即座に一蹴され、紫は勝負を受けることになった次第である。  百人一首のかるたは、小学校のかるた大会でやったことがあって、かなり得意な方だった。しかし小学校でやっていたかるたは〈散らし取り〉と言って、競技かるたとはやり方やルールが違う。――というのを知ったのはつい三週間前だ。  三週間前、紫は学生会館にある和室に呼び出され、水原から競技かるたのやり方を基本から丁寧に指導された。競技かるたの有段者であるという石川(いしかわ)(さとし)(先日の紫と水原との勝負では、かるたの読手をつとめた人物だ)も一緒で、勝つためのコツなんかも教えられた。競技かるたの初心者である紫が不利にならないように――とのことだったが、え、なにこの状況とひどく戸惑ったことは今でも記憶に新しい。  競技かるた用の札も貸し出され、紫が勝負までに練習できる期間も設けられた。そんなことをしなくても、初心者だからといって紫が不利になるということは決してないはずだった。それどころか、初心者だということを考慮しても紫が圧倒的に有利だったはずなのである。だって――、 「てゆーか水原、普通にすごいね。耳、聞こえないのにさ」  うん、と紫は大きく頷いた。 「高校でかるた部だったんだって。私も小学校のかるた大会では五回優勝したのに全然敵わなかった」
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