牡丹で彩る

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 その日の帰り、ドラッグストアに寄った。母から、食器洗い用の洗剤とノートを買ってきてとお使いを頼まれたからだ。ノートは母がやっている書道教室の備品用なので、領収書をもらわなければならない。会計のときに忘れないように、カゴの端に寄せておく。そのあとは、リップがそろそろ切れそうだったのを思い出したので、化粧品のコーナーへ行った。  いつも使っている色付きの薬用リップ。いつもと同じオレンジ色を手に取る。向かい側の、ガラスと鏡でキラキラした棚には、もっと鮮やかな色合いの口紅がずらりと並んでいる。公香はこういった化粧品を上手く使いこなしているが、紫には猫に小判、豚に真珠だ。  大学入学前の春休み、化粧品を一応そろえてはみた。しかしファンデーションとチークを使ってみたら福笑いのおかめのようになったし、アイシャドウを使えばゾンビのように目元が恐ろしくなった。だから紫の毎日の化粧は、日焼け止めと薄づきのオレンジリップだけだ。日に当たると肌がひりひりするので日焼け止めだけは冬でも毎日塗っている。そのおかげで肌は白く、平安時代の姫のような自分の顔立ちを際立てている。もうすぐ始まる就活では身だしなみとして化粧をしなければならないというが、平安時代の姫の顔に現代の化粧は壊滅的に似合わない。それが、ここ最近の小さな悩みだ。  小さな溜息を吐きながら、キラキラした棚に並ぶファンデーションやチークを眺めてみた。けれども、買い物カートを押した女性がこちらに近付いてくるのに気付いて、すぐ脇に避けた。すると、化粧品テスターの横にある鏡に自分の顔が映った。白くて丸っこい顔が、おでこの真ん中で分けた前髪に挟まれている。源氏物語の絵巻物で見た姫みたいなこの前髪は、そういえば明日で終わりなんだっけ。
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