牡丹で彩る

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 スマホをカバンに仕舞うと、窓の外に視線を投げた。空は水色。ぽこぽことした白い雲が群れを作って浮かんでいる。その下には、稲刈りの終わった田んぼが広がっていて、遠くには質素な小屋やかかしが立っているのが見えた。辛うじて塗装がされているような細い道を、山を右手に川を左手に見ながら走り続けて、やがて車はこじんまりとした美容院の前で止まった。自宅と隣接している美容院のようだ。茶色いレンガの壁に板チョコのような木製の扉があって、ガラスの出窓にはレース編みのカーテンが掛かっている。エンジンを止めてこちらを向いた水原は、「すみません、さっき、何て言おうとしたんですか」と申し訳なさそうな顔をする。沈黙に耐え切れず、適当に切り出した話だ。謝罪されて訊き返されるほど大層な話ではない。決まりが悪くなって、「ほんとに大したことじゃないんだけど」と前置きをしてから、水原が持っているかるたのキーホルダーと同じものを紫も以前持っていたことを伝えた。特段オチのない話に、案の定、水原は笑うでもなく微妙な表情を浮かべている。  音を聞きつけたのか、水原の祖母が出てきた。綺麗な白の髪を引き詰めてお団子にしたその人は、水原の祖母だなぁと納得してしまう、美しく年齢を重ねた老女だった。その美しい人に緊張した声で挨拶をすると、「あらぁ美人さん」と言われ、紫は細い目を思いきり見開いた。次の瞬間にお世辞だと理解し、ぶんぶんと首を横に振る。「ばあちゃん、お店使うね」と水原が祖母に声を掛け、紫は板チョコの扉の向こうに招き入れられた。
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