五十二話:約束

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五十二話:約束

 さっきまで砂嵐の中にいたからか、なんだかはやく出発したい気分!  使っていた毛布を頭に引っかけてテオの下に届けようとするけれど、するーっと毛布が滑って、上手に頭に引っかからない。  咥えて持っていっちゃおっかなって思い始めたら、ひょいっと毛布が持ち上げられて、緑色と赤色の靴下が二つ見えた。 「持っていくよ!」  ぐちゃーっと抱えられた毛布の向こうにメラニーの顔が見える。  メラニーが毛布を持ち上げてくれたみたい。 『ありがとう!』  メラニーは僕ににっこりと笑いかけると、うしろを向いて、毛布を抱えながら靴を履こうとする。  抱えられた毛布がすこし垂れて、地面に触れちゃいそう!  サッと毛布と地面の間に体を入れて、地面に毛布がつかないようにする 。  毛布を持ち上げることは出来なくても、このくらいなら、僕にも出来るからね!  毛布をふたりでよっせよっせとテオの下に運ぶ。  テオは敷き物の裏についた土を掃ってから、畳んで、鞄の中に入れていた。 「はい毛布」 「お、サンキュ……ってうおう!? ワカバ!」  メラニーから毛布を受け取ったテオが僕を見つけておどろいた。  毛布で隠れちゃっていたのかな?  ふふ。それにしても、おもしろい顔ー。 「すぐに片付けるから、すこし待っていてくれな」 『わかった!』  地面にお腹をつけて、マルタが火の始末をしているところや、メラニーがお鍋や網を魔法で出したお水で洗っているところを見ながら、さんにんを待つ。  さっきまで太陽が当たっていなかったからか、地面はまだ熱くない。  でも、なんだかじっとしていられない。  ウズウズが止まらない。  はやく走りたいし、この荒野の先を見てみたい。  今にも足がかってに動き出しちゃいそう。  でも待っててって言われたし、なにかべつのことを考えなきゃ!  なにかないかなとさんにんを見ていると、網を吊るしていた黒いのから、鎖を取り外すテオの姿が目に入った。  鎖が外された黒いのが、にょいっと地面に吸い込まれる様に……消えちゃった!  不思議ー!  やっぱり、網を吊るための鎖を引っかけていたあの黒いのって、テオの魔法だったのかなー?  ふと、暑くなってきたことに気づく。  いつの間にか舌を出して、息を吐いていた。  そういえば、魔力の膜で体を覆っていなかったっけ。  鼻先に魔力をあつめて、ぐっとしてぽん。  出てきた魔力の玉で自分の体をひょひょいと覆っていく。  壁を覆うよりもすこしやりにくい。  鼻先を膜から出したり、また覆ったりはしていたけれど、一から体を覆うのは初めてだったっけ。  ゆっくりと魔力の膜を動かしてなんとか覆うと、体と膜の間に魔力を流す。  これで……あれ? 尻尾の方がまだ暑いよ? もしかして!  魔力感知でみてみたら、思った通り。  魔力の膜が尻尾のまんなか辺りで止まっていた。  すぐに膜を動かして尻尾を覆うと、さっきよりもかんたんに覆うことが出来て、尻尾の先の暑さもなくなってくる。  これでおっけー! だけれど、どうしてさっきよりもかんたんに覆えたんだろう?  さっきまでは、背中とか尻尾を頭の中で思い浮かべてながら膜を動かして、なんとなく覆えたかなって感じだったけれど、今のは壁と同じくらいかんたんで……!  そういえば、壁の時も今尻尾を覆った時も、目や魔力感知でちゃんとみながら覆っていたかも。  だから、かんたんだったのかな?  うん! きっとそう! たぶん! 「終わったぞー」  テオが近づいてくる。  そのうしろでメラニーとマルタが僕達を待つ様にこっちを見ている。  メラニーの顔がすこし強張っているけれど、なにかあったのかな?  それはいいとして、片づけが終わったみたい。  やったー! これで出発出来るね! 『じゃあ出発だね!』  立ち上がって、急ぎ足で東へ―― 「なあ、歩きながらでいいから少し話さないか?」  たしかに!  せっかくさんにんがいるんだから、お話しながらの方がたのしいよね! 『わかった!』  テオの左隣りにタタッとついて、一緒にメラニーとマルタのふたりと合流。  みんなで一緒に東へと歩きだす。 「で、ワカバは何処に向かっているんだ?」 『東!』 「東に何しに行くんだ?」 『えっとね、根っこを探すの!』  時々テオがする質問に答えながら歩く。  土や石がいっぱいな荒野を歩くだけでもたのしいけれど、さんにんが一緒にいると、もっとたのしいね!  あ! せっかくだし、僕も色々聞いちゃおっかな? 『さんにんはここに住んでいるの?』 「ん? ああ……えっと、だな」  なんだろう? 言いにくいみたい。  秘密にしたいのかも! 『秘密ー?』 「あ、ああ! 秘密だ」  やっぱりそうだったみたい。 「ねぇワカバ、あたし達の住んでいる場所を教えたら、ワカバは壊す? 一緒に住んでいる人達を殺す?」  え?  びっくりして振り返る。  ぐぐっと顔に力を入れたメラニーと目が合う。  杖を握る両手もぎゅっと力を入れていて、震えている。 「も、申し訳ありません! わたしの教育がなっておらず、御不快な思いをさせてしまいました! ですが、私共が貴方様の成す事に難癖を付けるつもりは毛頭ございません! 何卒、何卒ご容赦を!」  ぽかーんとしていたマルタが動き出したと思ったら、片膝をついて頭のてっぺんを見せてくる。  メラニーも頭をマルタにつかまれて、無理矢理頭を下げさせられている。  ぽすんとさんかく帽子が地面に落ちて、小さな土煙を立てた。  仲良くなれたと思ったけれど、やっぱりまだ怖かったみたい?  片膝をついても僕よりも大きいけれど、ふたりが小さくなっている姿を見るのは、なんだかさびしいし、かなしい。  でも、わからないから怖いんだよね。  僕がふたりの――ううん、さんにんの大切なものを壊さないってことがわかれば、怖くなくなるはずだよね!  大丈夫! 僕は知らないで失敗することはあるけれど、知っていて失敗することはあんまりないから! 『大丈夫! 壊さないし、殺さない!』 「ほんと?」  マルタの左手を押し上げて、メラニーが僕を見る。 『うん! 本当! ほら、立って!』  足下に駆け寄って、マルタを見上げる。  マルタはじ~っと僕を見ていたけれど、すこしすると目をゆっくり閉じて、すっと立ち上がった。 「ゆっくり目的やら何やら聞くつもりが、とんでもないド直球だったな……。正直、生きた心地しなかった」  テオが右手で頭を掻きながら、小さく「はは……」と笑う。  右の頬がヒクヒクしている。 「ま。これからの道中、ちっとは気が楽になるんだから、荒療治って事にしといて――ワカバ、それが嘘じゃない事を俺は願っているぞ?」  片膝を立ててしゃがんだテオに頭をなでられる。  あぐらの上でなでられた時よりもすこし強め。  でも、なんだかうれしい。 『うん!』 「そうと決まれば、お上にも報告しないとな。お前がいい奴だって事をさ」  そう言って、テオは鞄からメラニーの本よりすこし小さいくらいの木の板と紙を出して、なにやら書き出した。  このまま立ち止まっているのかなと思ったら、「なにしてんだ行くぞー」と書きながら歩き始めた。  急いで僕も歩き始めると、帽子を拾ったメラニーがすすっと左隣りについて、話しかけてくれた。  ここに住んでいるミミズさんの話。  ミミズさんって、小さくても三十めーとる? はあるんだって!  今までで一番大きかったのは、九十四? めーとる? だったんだって!  ぜんぜんわからないけれど、すごく大きいみたい!  だって、メラニーが両手を挙げていたからね!  あ、そうだ。メラニー達が住んでいる町の話もしてくれたんだった。  この先に“カンタラ”って町があるんだって。  その町を守るために、さんにんはがんばっているんだって。  そりゃ警戒するよね!  でも、町かー。見てみたいかも! テオに相談したら、なんとかなるかな?  お話してくれるメラニーの顔は、さっきまでの力が入った顔じゃなくて、大きなお花が咲いた様な笑顔。  やっぱりメラニーは笑っていた方がいいね! □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □  世界樹の森警備任務緊急報告書 ○○○○○年○月○日  陽の鶏の刻、対象に巨砂蚯蚓が接触。  後に巨砂蚯蚓が地中に潜った事による砂嵐が発生。  砂嵐への対処により、対象の追跡を中断する。  対象が何らかの手段によって我々を補足。  メラニーの障壁を部分的に破り、接触してきた。  対象は言語を理解しており、逃走する事は対象に我々への不審を招く恐れがあるため断念し、対話を開始。獲得した情報を以下に記す。  対象は自らをワカバと呼ぶ。体長約十四センチメートル。何かの木の根を探す為に東へ向かっている。友好的というよりも外敵への警戒心が非常に低い。魔法への理解があり、メラニーの障壁を破った後に修復する程である。魔力量は冒険者ギルドカンタラ支部在籍Sランク冒険者テオの頭部の外傷を影補いによって完治させると枯渇する程度。魔力の譲渡への抵抗無し。強大な特異性持ち。特異性の内容は不明。  陰の子の刻に砂嵐から解放。  対象は我々との同行を希望し徒歩の速度で東へ移動中。  我々三名及びカンタラへの敵対行動をしない事を口頭でだが確認。  またカンタラに興味を示しており、遠方からの観覧を希望している。  現在約五キロメートル地点の為、二刻でカンタラ近郊へ到達する予定。  前述の通り対象は特異性持ちであり、戦闘は回避する形での対応を強く推奨する。  上記の報告は冒険者ギルドカンタラ支部在籍Sランク冒険者テオ、同じくマルタ、同じくメラニーが肉眼にて確認したものであり、虚偽のものではない事を、義を重んじる冒険者の女神イデアに誓う。  追伸。大将すまん。
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