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五十五話:カンタラに入ろう!
テオが連れてきたさんにん。
その内のふたり――ほっぺに傷のある男のヒトとほんのり顔が赤い男のヒトは、僕からすこし距離を取って立ち止まった。
そして、まっくろなマントを羽織った男のヒトだけがテオと一緒に近づいてくる。
どんなヒトだろう?
近づいてくる男のヒトの顔をじっと見る。
薄い黒色の髪を綺麗に纏めて、きっちりと整えられた髭とまっすぐ横に引き締められた口。
鷹さんの様に鋭くて、綺麗な水色の目。
マントから見える服は、黒に見えるくらい濃い青色に黄色と白の線で縁取られていて、着ているヒトもしっかりとしているように見える。
黒いマントのヒトは、僕の前まで近づくと片膝をついて、
「こんな場所で申し訳ない。私はマット、このカンタラを任されている者だ。まず話し合う前に、少し音を立てても良いかね」
一瞬、僕のうしろのマルタとメラニーに視線を送った。
その視線は、親しいヒトを気遣う時のもので。
マットは優しいヒトだってすぐにわかった。
『うん! いいよ!』
返事をして、うなずく。
すると、マットのうしろで見ていたふたりの内のひとり、ほっぺに傷がある男のヒトが大きく腕を広げて――バッチン!!!
一拍手した。
大きな音におどろくと、メラニーもおどろいたのか、「わっ!」とうしろで声が聞こえた。
すっとマットがもう一度、今度はじっと、メラニーへと視線を向けた。
「お、おどろいただけです!」
「そうか。ならばよろしい」
フッと、マットの眼差しが和らいだ気がした。
あ!
そういえば、まだ自己紹介していなかったかも!
『僕は若葉だよ! よろしくねマット!』
これでよし!
「ワカバ……いい名前だ。ではワカバ、今回カンタラを遠方から観覧との事だが、入ってみないか?」
入る!? いいの!?
自然と尻尾や耳が上がる。
「君の事は、テオから報告書で教えてもらったよ。非常に友好的で、協力的で、まるで友人のようだとね。ギガントサンドワームの砂嵐からも協力して切り抜けたそうじゃないか」
わぁ! 友達みたいって思っていてくれたんだ!
とってもうれしい!
「それを聞いた民が是非、君に会ってみたいと言っている。私はカンタラを預かる者として、一つ君に条件を提示しなければならないのだが……それさえ呑んでくれるのなら、町に入れても良いと思っている。君にとっても、悪くない提案だと思うが……どうかね?」
条件? がどういうものかわからないけれど、カンタラには入ってみたいな。
だからもちろん!
『いいよ! 条件を教えて!』
「そうか! ギルス」
「へい」
ギルスって呼ばれた男のヒトが、ゆっくりとした足取りで、なにか輪っかの形をしたものを持ってくる。
あ、お酒の匂い。
だからほんのり顔が赤いんだね。
マットはギルスから輪っかを受け取ると、僕に見せてくれた。
茶色の首輪。
なにか文字のような不思議な模様が彫られていて、炭が塗られているのか、すこし黒い。
「この首輪を付けさせてくれるのなら、我々が町の中を案内しよう」
枷だったらどうしようって思ったけれど、首輪くらいならへっちゃら!
前の世界でも付けていたしね!
『いいよ! 付けて!』
マットの足下に近づいて背を向けると、すっと右から首輪が僕の首に付けられる。
僕が小さいこともあって、とっても簡単そう。
生まれ変わる前だと僕自身が大きすぎて、首周りの半分くらいで大型犬の首輪一個分だったんだー。
しかたがないから、“しん”が首輪を鎖でつなげて作ってくれたんだよ。
あの首輪はとってもお気に入りだったけれど、この首輪もきっとすぐお気に入りになるよね!
「どうだ、違和感はないか?」
あ、付け終わったのかな?
ためしにくるっと回ってみたり、すこし走ってみる。
とくに違和感はないみたい。
『ううん、大丈夫!』
「そうか。アベル、ギルス。ジョルノに賓客を連れて行くと伝えてくれ」
「はいよ。いくぞギルス」
「へい」
アベルって呼ばれたヒトとギルスがそそくさと、町へと帰っていく。
アベルが背中に背負っている大きなものが気になった。
白い布でぐるぐるになっていて、上の方は持つところなのか細くて、下のところがぐわっと大きい。
まるに見えるけれど、よこにすこし長い気がする。
なにかはわからないけれど、とっても重そう。
でも、アベルの足取りは軽やかに見える。
じゃあ、大きいけれど軽いもの?
なんだろう?
「我々も行こうか。ワカバ、私に付いて来てくれ」
『うん!』
気になるから、今度聞いてみようかな?
それより、いよいよ町に行けるみたい!
歩きだすマットのうしろを付いていく。
たたーっとメラニーがかけてきて、僕の横で歩き始める。
テオとマルタは僕とメラニーのうしろみたい。
「楽しみー?」
『とっても!』
しっかり休んだのか、メラニーも元気いっぱいみたい。
それに、僕がカンタラに入るのがうれしいのか、ニコニコしている。
あの壁の向こうに、どんな素敵なものが待っているんだろう。
たのしみ!
丘をゆっくりと下りて、土肌がちらほら見える草原へ。
『あの背の高い草はー?』
「あれは削ぎ斬り草」
『じゃあ、あのもじゃってした草はー?』
「あれはタングルウィード。近づかない方がいいよ。触ったら絡まって来るから」
歩きながら、メラニーとお話。
荒野の土よりもパラパラしていないけれど、ここの土も乾いている。
でも、雨が降ったりするのか、植物が生えているね。
今のところ全部聞いたこともない名前だけれど、僕が知っている植物もあるのかな?
ふわっとなにかが飛んでいた気がして、視線を上げる。
すると、宙に小さな白い蝶々が飛んでいた。
さっき丘の上から見えた白い小さなものかな?
『あの蝶々はなんて名前なの?』
「あれ? あれはモンシロチョウモドキだよ」
モンシロチョウ……もどき?
モンシロチョウじゃないんだね!
不思議ー!
カンタラが近づいてくると、見えてくるのは町を覆っている半透明な壁。
うっすらと見えるまるやさんかくの模様がゆっくりと上に向かって動いていて……ん? 動いている!?
「あれはね、結界っていうんだよ!」
メラニーがここぞとばかりに教えてくれた。
結界!
よくわからないけれど、すごそうな響き!
「結界はモンスターを弾いて、町に入れないようにしてるんだよ」
へー! すごい!
「ワカバも弾かれちゃうかもな」
ええっ!?
ふり返れば、いたずらな笑顔のテオとじっとテオを見ているマルタ。
僕、カンタラに入れないの!?
「だ、大丈夫だよワカバ! さっき首輪したでしょ? その首輪はテイマーのモンスターに付けるもので、付けたモンスターは結界を通れるんだよ!」
そうだったんだ! よかったー!
一安心したところで、結界が地面から出ているところに到着!
先にマットが通って、メラニーが続く。
そして、僕の番!
首輪はしているけれど、弾かれるって聞いたから、ドキドキ!
大丈夫かな? ちゃんと通れるかな?
あ、結界が地面から出ているところを見ていると結構おもしろいかも……って、そんな場合じゃなかった!
結界の向こうでマットとメラニーが僕が来るのを待っている。
僕のうしろには、テオとマルタが順番を待っている。
弾かれたら弾かれたで、その時考えよう!
だから、今は――えいやっ!
結界に向かって、思いっきりジャンプ。
結界が目の前まで来ると、なんだか怖くなって目をつむった。
トッと地面に着地したと思ったら、頭をなでられた。
目を開けると、メラニーの顔があった。
「通れたね!」
ふり返ってみると、結界を通るテオとマルタ。
またメラニーの方へ向くと、そのうしろにカンタラの灰色の壁。
やった! 結界を通れた!
うれしくなって、くるんとその場で一回転。
通れるって言われていたけれど、うれしいものはうれしいんだから、しかたがないよね!
「ここまでくれば、後は門を通るだけだぞ」
テオが指さす方を見たら、マットが先に進みたそうにこっちを見ていた。
結界で待たせちゃったから、はやく行かないとね!
『おまたせ!』
マットは小さくうなずくと、カンタラへ向かって、また歩き出した。
カンタラを囲んでいる壁は、色んな長さのしかくに切った石を積んで出来ているみたい。
小さくても今の僕よにん分くらいの大きさの石を切って、運んで、積んで。
この見渡す限りの壁全部を造るのに、どれだけかかったんだろう。
すごいなぁ。
あ、壁の両端のすこし高くなっているところ。
さっき丘で見た時に、ヒトがいるように見えたけれど、やっぱりヒトがいた。
右端のヒト達は、僕をじっと見ながら、ふたりでなにか話している。
おもしろい話なら、僕も聞きたいなー。
門に沿って長いしかくに切られた木を、よこに並べて作られた扉。
補強のためにか、鉄かなにかで作られた、三つまたのかざりが付いている。
とっても大きくて、丈夫そうで、ずっしりとしていて、大きい。
世界樹の森に生えている大きな樹にはかなわないけれど、それでも普通の木よりも大きい。
ヴヴヴ……
低くてお腹に響く音を鳴らしながら、扉が開く。
その先にあるカンタラの街並みを想像しながら、扉を抜ける。
あれ?
扉の先には、すこし距離があって、また扉。
壁と同じ石が使われた床と天井。
左右に通路が一つずつあるみたい。
通りがけに右の通路をのぞいてみる。
石が敷きつめられて作られた通路は、左に窓があるのか、ぽつぽつと明るい。
手前側の左側、そのすこし暗いところに、木で作られた階段。
階段の一段目だけほかの段より色がすこし濃い気がする。
なんでだろう?
ヴヴヴ……
扉の音が聞こえて前を向く。
扉の向こうの光が目にしみて、目を細める。
ガコン! と音がしたと同時に、ボン! とうしろで音がした。
前の扉が開き切って、うしろの扉が閉まったみたい。
ザワザワと話し声が聞こえてくる。
ヒトの気配がたくさんする。
「ようこそ。カンタラへ」
口角がすこし上がったマットのうしろには、綺麗なレンガの街並みが広がっていた。
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