五十七話:びっくりどっきり狸のおきもの

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五十七話:びっくりどっきり狸のおきもの

「ほーほーほー。つまり東に特別な根っこがあって、そのさきっちょを探しているわけだ」 『うん!』 「へぇ……。それって見つけたらなんかいいことあるの? めちゃくちゃおいしいとか?」 『また話せるようになるんだって!』 「誰と?」 『エルピと!』 「えるぴ?」 『友達!』  まっしろな着物の女の子とお話ししながら、マット達を待つ。  女の子は、時々ベンチの上で逆立ちしたり、逆さまに浮いたり。  ニコニコたのしそうに僕の話を聞いてくれる。  お話はたのしい。  けれど、マット達がどこかへ行ってから、だいぶ経つ。  どうしたんだろう? なにかあったのかな? 「木の根、友達……木精(トレント)系? あの森に木精(トレント)……コノハちゃんに聞いてみるか」  あれ? なにか考え出しちゃったみたい? 『どうしたの?』 「ん? だいじょーぶこっちの話。それよりさ、君ってばやっぱり灰色の狼(グレイウルフ)の子なの?」  ぐれいうるふ……あ、狼さん達のことだね。  僕が狼さん達の子? 狼さん達が親ってこと?  狼さん達のことは大好きだけれど、どっちかっていうと、友達かな?  生まれ変わる前も親がいなかったから、わからないんだけれどね!  あ、でも。  赤べえの背中、のるととっても落ち着いたなー。  親がいたら、あんな感じなのかも。  あ、いけない! 狼さん達の子かー? って話の途中だったね! 『狼さん達は、友達なの! この世界に来てすぐの時、赤べえと一緒にあいさつに来てくれて、それからずっと友達なんだー』  胸の辺りがすこしモヤっとする。  これ、エルピ? どうしたんだろう?  そういえば、あの時エルピが『逃げて』って言っていた気がする。  それとなにか関係しているのかな? 「え、ちょ、待って。赤べえはなにか知らないけど。それより、この世界に来てすぐって、別世界から来た感じ?」  女の子がまんまるに目を見開く。  ベンチの手すりに身を乗り上げて、落ちるんじゃないかって心配になるくらいに、顔を近づけてくる。  あ、浮けるみたいだから、大丈夫なのかな? 『そうだよ?』 「誰が?」  首をかしげる女の子。  ? 『僕が?』  僕も首をかしげた。  …………。  女の子は途端にぐわっと腕で上体を持ち上げ、元の場所に座ると、バシバシと手すりを叩き始めた。  くわっと口を開けて笑っているから、よろこんでいる……のかな?  なんだか落ち着かなくて、ついついあくびが出る。 「なーんだ! なら最初からそう言ってよー! 変に身構えちゃったじゃーん! もう……やっぱりさ、モンスターに生まれ変わるなんて、びっくりした?」  ん? モンスター?  モンスターはわからないし、すっごく小さくなったけれど、僕は元からこんな感じだよね? なのになんで?  さっきと反対側に、また首をかしげる。  それを見た女の子の左眉が上がった。 「どした? あもしかして、生まれ変わる前の記憶が一部しか無いとか?」 『ううん。もっとずっと大きかったけれど、僕は元からこんな感じだよ?』  ピタッと女の子の動きが止まって、口だけをパクパク動かし始める。 「元から犬?」 『若葉って名前をもらう前は、犬ガミサマ? とか、おっきなワンちゃんとか、わたあめってみんなに呼ばれていたの』  それよりもっともっと前は、雲とか、  (・・)とか、白いものの名前。  犬ガミサマって僕を呼んでいたのは、近所のおじいちゃんおばあちゃん。  おっきなワンちゃんは、ちっちゃな女の子を連れて来る女のヒト。  わたあめは、ちっちゃな女の子が最初に呼んで、それからじわじわぁって広がったの。  犬ガミサマって呼ばれるのはにがて。  だって、そう呼ぶヒトは、頭のてっぺんを見せてくるから、みんな顔が見えないんだもん。  だから、ワンちゃんって呼んでくれた時は、うれしかったなぁ。  とってもおいしいお菓子のわたあめに僕をたとえてくれたのも、それくらい僕を気に入ってくれたみたいで、うれしかった。  あ! ぬいぐるみと一緒って言われた時もあったっけ。  なんのぬいぐるみかわからなかったけれど、それを言った子がキラキラ笑っていたから、素敵なぬいぐるみだってわかってうれしかったな。  とにかく、僕はたぶん犬かな?  狼かもしれないけれど、きっと犬。  狼さんと犬さんの違いがわからないけれど、犬! 「犬◯? 家? 違うか。……って、えっ、オリジナルワンちゃん、だったん? なんかすっごい日本語だけど……」  にほんご? “ご”は、“語”だよね。  じゃあ、にほんの語?  えんびーしーでーのやつは、英語だよね。 “ときこ”のお家に来た子ども達がいろんな本で教えてくれたから、すこしわかるんだ。  でも、にほん語?  そんな名前、聞いたことないかも。 『にほん語ってなにー?』 「今しゃべってるそれ」  え? 『……これ?』 「それ」  ……。  この言葉って、にほん語って言うの!?  へー! 知らなかった!  にほん語! おもしろい名前ー!  ……あれ? 『国語は?』  国語って書かれた本には、にほん語が書かれていた気がする。 「それは国によって違うでしょ」  国は、ヒトがあつまって造る大きなお家のことだよね。 『にほん語で書かれていたよ?』 「じゃあ、日本にいたんじゃない?」  わぁ!  長くておもしろい形をしている島。  遠出した時に見つけやすいこともあって、住処にしていた。  けれど、そっか! あそこってにほんって国があるところだったんだ!  もう一度行けるかわからないし、ほかにもあの島には国があるのかもしれないけれど。  あの緑が綺麗で、お水がおいしい島にある国の一つの名前が知れて、とってもうれしい。  うんうんとうなずきながら、さっき知ったことと、今までのことをすり合わせていく。  新しいことをいっぱい知れて、今日はいい日だなぁ。 「……フロムジャパンかぁ。ねね、一応聞くんだけどさあ」  今度はひかえめに手すりに身を乗せる女の子。 「噛み癖とかある?」 『ないよ!』 「機嫌が悪い時とか、急にこう、なにか壊したくなったりは?」 『ないよ!』 「人間の肉に興味とかは?」 『ないよ!?』  なんだかすごいこと聞いてきた!  噛み癖は  (・・)に怒られてなくしたし、なにかを壊そうと思って壊したことはたぶんない。  鳥さんに豚さん、鹿さんとたまーに熊さんのお肉は食べていたけれど、ヒトのお肉なんて、食べたことないよ!?  女の子は「ふむ」とあごに手をあてると、「どう?」と僕の隣りへと視線を向ける。  つられて視線を向けると、僕のすぐ側に、まっくろなお猿さんがしゃがんでいた。  僕がわっとおどろくと、モサモサな毛の下の綺麗な黒い目が三日月型になる。  そして、よいしょって感じで立ち上がると、長い腕を使って女の子の側に行き、ボソボソとなにかを耳打ちした。  うんうんと女の子がすこしむずかしい顔をして、うなずく。 「なにか壊したことはあるって感じ?」 『? ないよ?』  僕が答えると、お猿さんが首をかしげる。  そして、首をふった。  その姿に、「ぷはっ」と女の子が表情をくずした。  不思議に思っていると、女の子がお猿さんを指さして、 「わかんないんだってさ」  と言った。  うん。  どういうことか、僕もわかんないや。  お猿さんはじーっとこっちを見て、時々首をかしげては頭を掻いている。  それを見て、また女の子が笑う。  僕の頭の上には、ハテナが並ぶ。  まあいっか! なんだかたのしそうだし!  パンッと手を叩いた女の子が 「もいっかな! サトちゃんありがと、もう帰っていいよ。ユズノスケ達もありがとー!」  と、お猿さんや長いテーブルでなにかを書いているヒト達、細い通路の前に立つヒト達へ声をかける。  すると、ポポポポン! とヒトがいた辺りで桃色の煙が上がった。  すこしして煙がおさまると、中から出てきたのは、狸さん……のおきもの?  そこにいたはずのヒトはどこへやら。  笠をかぶっていたり、杖を持っていたり、徳利を持っていたり、いなかったり。  いろんな狸さんのおきものが、ヒトの代わりにこっちを見て立っている。  どこから出てくるのか、ポンッ、ポポンッとおきものが増えていく。  ガタッと狸さんのおきものの一つが大きく揺れた。  ガタッとその隣りのおきもの二つが大きく揺れる。  ガタタタタタタタタタタタタタッッッ!!!  一斉におきものが揺れだし、僕達に向かって動き出した!  わわわ!  どんどん迫って来るおきものに、思わず体がうしろにさがる。  おきもの達はものすごい勢いで僕達を通りすぎて、外への扉を開き、去っていった。  すっかり静か。  遠くで、またポポンッと音がする。  あとに残ったのは、ベンチにゆったり座る女の子と、すっかりひっくり返っちゃった僕。  そして、そんな僕をじっと見ているお猿さん。  あ、首をかしげた。  やっぱりわかんないみたい。  僕が起き上がると、フワフワ~っと近づいてきた女の子が、頭をなでてくれた。  ひんやり気持ちいい。 「びっくりさせちゃってごめんねー。君がどんな子なのかみんなわかんないから、ちょーっとドッキリをしてみたの」 『どっきり? びっくりしたよ?』 「楽しんでくれたなら、よかったー」  うん。  すっごくびっくりしたけれど、たのしかった。  あの狸さんのおきもの、ユズノスケ? 達とまた会いたいな。  お猿さん、えっと……サトちゃん? は、帰っていいよって言われたのに、ずっと僕を見ている。  わからないのが悔しいのかな?  あ、また首をかしげた。  そういえば、ふたりと結構お話ししたのに、名前は言っていなかったかも。  女の子の名前もまだ知らないし。  自己紹介しようっと!  女の子の側に行って、『ねぇねぇ』と声をかけると、「なになにどした?」と顔を近づけてきてくれた。 『僕は若葉って言うの! あらためて、よろしく!』 「ほー。私は黒沢暦(クロサワコヨミ)。気軽にヨミちゃんと呼んでね!」  わぁ! 『ヨミちゃん!』 「おおともさ! このモジャいのは(サトリ)のサトちゃん」 『サトちゃん!』  あ、またまた首をかしげた! 「さーて、確認することも確認したし、マットを呼んで……あ、来た」  ヨミちゃんが見ている細い通路の方を見ると、マットとテオが歩いてきていた。  メラニーとマルタがいないね。  なにか用事でもあったのかな?  マットはキリッとした顔。  テオは、初めて僕を見た時みたいな硬い表情をしている。  すこし離れたところでテオが足を止めて、マットだけが近づいてくる。  そして、ヨミちゃんの前で頭を下げた。 「お忙しい中、ご足労いただきありがとうございます。ギルド本部長(マスター)
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