五十話:なんでかはわからないけれど

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五十話:なんでかはわからないけれど

 また忘れない内に、しゅばばっと教えないとね!  鼻先にあつめた魔力をぐっとしてぽん!  ひゅわーっと出てきた魔力の球が形を変えて、透明な壁になる。  このままだと、まだ魔力感知でしかみえないから、属性付与!  ちゃんと出来るかな? すこしドキドキ。  もう一度鼻先に魔力をあつめて、緑がいいから土と風!  ぽんっと出てきた黄緑色に光る魔力の球。  それを透明な壁にえいやっと放る。  透明な壁にぶつかった魔力の球が、さっきと同じ様に壁を覆っていき、黄緑色になった透明な壁が出来た。  やったー! 出来たー!  透明な壁でもちゃんと属性付与が出来てうれしい。  でも、もっと緑を頭の中に描いていたんだけれど、なぜか黄色が強くなって、黄緑になっちゃうね。  でもでも、とっても綺麗! 「嬉しい? すごい尻尾振ってる」 『…! うん!』  僕の隣に歩いてきたメラニーが口元に右手を添えて笑っている。  自然と尻尾が動いちゃっていたみたい。  でもしかたがないよね! うれしいんだもん! 『いくよー。それー!』  壁を伸ばしたり、まるめたり、筒にしてまた伸ばしたり!  狼先生ほど上手に出来ないけれど、僕でもこのくらいなら出来るんだ!  赤べえ達やエルピのおかげだね! 「わぁ……」  形がどんどん変わる壁を、メラニーはまばたきもせずに見ていた。  綺麗な空色の目がキラキラと輝いている。  よろこんでくれているのがはっきりとわかる。うれしい!  よーし! もっとがんばるよ!  狼先生みたいに、壁から透明な棒をたくさん!  えいやっと気合いを入れて壁の形を変えると、にょきっと壁のまんなか辺りから三つの棒が生えた。やった!  その棒を伸ばしたり、動かしたりしてみる。  一番右の棒を上に動かそうとすると、ほかの二つの棒も上に動く。  まんなかの棒を左に向かせようとすると、ほかの二つの棒も左に向く。  わぁ! それぞれ動かすのって、思っていたよりもむずかしい!  三つでこれなのに、もっとたくさんだった狼先生はすごいね!  僕ももっと練習しないと!  あ! 練習! 『ほら、メラニーも!』 「え、あ、うん!」  メラニーが杖を両手で前に出すと、上に向いた杖の先から青く光った魔力の球が出てくる。  そして、メラニーの顔よりもすこし上の辺りで止まると、ぐにょぐにょと…ってわー! すごいすごい! どんどん形が変わっていく! 僕よりも上手! 『すごい上手!』 「えへへ。魔力操作は毎日やってるからこのくらいはね!」  メラニーも毎日練習しているみたい!  やっぱり、出来ることをこつこつと、だよね!  僕もがんばらないと!  ……あ、メラニーはもうあんなに魔力の球の形を変えられるんだから、もう壁の形を変える練習をしてもいいんじゃないかな?  うん! きっとそうだよね! あんなに上手に出来るんだから、壁の形もすぐに変えられるようになりそう! 『壁の形を変える練習にしてもいいかも!』 「やた!」  待っていましたとばかりにメラニーが杖を振る。 「鷲の羽ばたき、型へはめ、隔てよ――祖の翼・障壁(フレースヴェルグ・フリューゲル)!!!」  さっきと同じ様につむじ風が出来て、それが白く曇ったまるになり、そして壁になった。 「……あれ?」  メラニーは首を傾げると、白い壁をじっと見つめる。  そして、また首を傾げる。  壁の形は縦に長い四角のままで、変わるような気配もない。  なんでだろう?  僕の透明な壁は形が変わる。  土壁と泥壁も崩れたり、変わってほしくないところも変わったりするけれど、形は変わる。  でも、メラニーが魔法で生み出した壁は、形が変わらない。  なにが違うんだろう?  土や泥でも形が変えられるんだから、風でも形は変わると思う。  魔力の球では僕よりも上手に出来ていたから、壁の方にその答えがあるのかな。  なにがあの壁の形を変えないように……あれ?  変えないようにしている……もの? それってなんだろう?  うーん……。 ――でも、魔法を相手に、取られたくない、って時もある、でしょ? 例えば、魔法で作った、砂のお城とか。  頭の中にエルピの声が響く。 『エルピ?!』  とっさにエルピを呼ぶけれど、聞きたかった声は返ってこない。  代わりに、胸の辺りがきゅうってした。  そっか。今の声は僕がこの世界にきたばかりの頃、エルピに魔法について教えてもらっていた時の記憶。  だから、エルピがお話出来るようになったわけじゃないんだね。  かなしくなって下を向きそうになる。  でも、下は向かない。  だって、またお話出来るようにするって約束したから。  それにお話出来なくても、エルピは僕の中にちゃんといるから!  自分の胸の辺りを見る。  鼻とか口で見えにくいけれど、ちゃんとここにエルピはいる。  って、これって下を向いちゃっているかも!  気を取りなおして、あの時、エルピはなにを言っていたっけ。  たしか……。 ――相手の言霊が、入る余地を、無くす。そうすれば、魔法を取られない。  また頭の中にエルピの声が響く。  あの白い壁の形を変えたいのは、生み出したメラニーで、べつのヒトじゃない。  でも、仕組みは一緒なのかな?  なら、どうすればいいかわかってきたかも!  エルピはやっぱりすごい。  お話が出来なくても、僕を助けてくれる。  僕もがんばらないと!  壁の形を変えないようにしているのは、たぶん―― 『詠唱かな?』 「……! それ」 「おーい。昼飯にしないかー」  テオの声がする。  振り返れば、元気に立ち上がったテオが僕とメラニーに手を振っている。  いつの間にか、たき火をしているみたい。 「わ。寒い! いつの間にこんなに寒くなったの!?」  ぶるりと震えたメラニーが杖を持ちながら両手をこする。  そういえば、すこし……ううん、結構ひんやりかも。 『あったまりながらにしよう!』 「そうしよう!」  僕とメラニーは示しあわせた様に一斉に、そそくさとテオ達の元へと走り出す。  ごっちん!  鼻先がなにかにぶつかって、その衝撃でうしろにころんと転がる。  起き上がると、前になにもない。  不思議に思って魔力感知でみてみると、透明な壁が目の前にあった。  こんなところにだれが壁を作ったの?  魔力感知じゃないとみえないし、あぶないよね……ってあれ?  すこしひりひりする鼻先を紛らわすために周りを見渡すと、僕が作った泥壁や崩れた土壁、属性付与が出来た透明な壁はあるけれど、メラニーが作った壁は残っていない。  それに、透明な壁に属性付与をして、出来なくて、土壁を作ったような……ううん、作ったね。  …ってことは――これ、僕が作った壁だ!  透明な壁って忘れちゃうと、こんなにあぶないんだね。  メラニーがぶつからないでよかった。  今度からは、ちゃんと消すようにしないと!  もちろん、土壁と泥壁もね!  僕から壁へと流れていく魔力を止めると、透明な壁はふわっと消えて、泥壁はぐしゃあと地面に広がり、土壁は崩れつつも残していた形を失って土の小山になった。  僕のために壁になってくれた土やお水、生えてきた蔦、透明な壁は……よくわからないけれど空気? が散らばって、消えていく。  なんだかさびしい。  なんでそう思ったのかはわからない。  わからないけれど、このままなにも言わないで背を向けるのは、嫌だって思った。  だから―― 『ありがとう』  地面に滲みていくお水に。  のっしりと動かない土の小山に。  色褪せていく蔦に。  もうどこかへ行っちゃったかもしれない風に。  お礼を言ってみた。  すると、さびしさがすーっとなくなって、元気が出てきた。  なんでだろう。わからない。  でも、これからも言える時は言っていこうかな。 「いっちばーん!」  メラニーの元気な声を耳がひろう。  見れば、テオとマルタのところまで先に着いたみたい。  うれしそうに「おーい」とこっちに手を振っている。 『今いくよー』  さんにんの元へと走り出した。
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