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五十一話:逃げるお肉と太陽
さんにんの元に走っていったら、勢いあまって土が足の裏についたまま敷き物の上にのっちゃって、テオに注意されちゃった。
今度からはちゃんと土を落してから、だね!
今は敷き物の上で横になって、たき火を見ながらゆったりくつろぎ中。
テオが鞄から毛布を出してくれたんだけれど、その鞄がすごいの!
だって、小さめの鞄なのにたくさんの毛布や干したお肉、僕の体がすぽっと隠れちゃいそうな大きな本に、よく乾いた薪まで入っているんだもん!
それに鞄の中を探さなくても、ひょいひょいっと出せるくらいに、ちゃんと入っている場所も別けられているみたい!
きっと、テオはとってもとーっても収納上手なんだね!
追加でテオが鞄から出した敷き物を火を囲む様に敷いて、右にテオ、左にメラニー、僕と同じ敷き物で右隣りにマルタが座っている。
席順はテオが決めたんだけれど、マルタはまだ僕に慣れていないから、早く慣れさせるために僕の隣りなんだって。
ときどきパチッと音がなる火の上にあるのは、四角い網。
その四つの角に鎖がついていて、鎖をなんかよくわからない黒いのにつけて、網を吊っている。
網の上では小さなお鍋が四つ。
火に当てられてコトコトと音を立てている。
それにしても、あの黒いのはなんだろう?
僕とマルタが座っているところから、火を挟んで反対側の地面からまるでミミズさんみたいに生えているし、火の上にちょうど網がくる様にくにゃっとこっちに向かって曲がっているし、鎖の先のまるい輪っかが通るようになってもいるみたい。
僕がこっちに来た時にはもうあったし、テオかマルタの魔法なのかな?
あ、もしかしたら、テオが鞄から出したものかも!
「で、どうだった? 出来るようになったか?」
あぐらから右膝を立てる体勢になりながら、テオがメラニーに話しかける。
「……ううん。でもなんとかなりそう」
そう答えたメラニーの視線は敷き物の上に広げた本のままで、なにかを探す様に本を指でなぞっている。
さっき僕がこぼした言葉でひらめいた! って感じだったから、詠唱を探しているのかな?
すこしの間、お鍋の音とたまに火の音、指で本をすーっとなぞる音だけになる。
メラニーが小さく「……あった」とつぶやいたのが聞こえると、指でなぞる音が速くなる。
「俺にも出来そうか?」
それに気がついたテオの体勢がすこし前になった。
「テオは先に魔力操作からでしょ? 良くも悪くも大ざっぱなんだから」
「あーっと、それを言われると弱いな」
テオとお話しながらも、じっと本を読むメラニー。
ははっと小さく笑ったテオはまたあぐらを組んで、ぐるりと順番に鍋の中身を混ぜていく。
この感じ、なんだかいいね。
マルタはなにしているのかな? とっても静かだけれど……。
ひょいっと毛布の上にのせていた頭を持ち上げて、マルタの方へと向く。
僕からすこし間を空けて座るマルタは、じっとたき火の方を見つめていた。
……すごい。ずっと見てる。火の動きが好きなのかな?
あ!
しゅばっとマルタの口元になにかが飛んでいくのが見えると、マルタがもぐもぐと口を動かしている。
あ! また! まるくて……黒い。
たぶん木の実なんだけれど、なんの木の実なんだろう?
パタン! とすこし大きな音がして、ふり向くと、メラニーが本を閉じていた。
探しものが見つかったのかな?
「ま、テオもいずれ障壁くらい出来るようになるだろうから、あたしの障壁が形が変わらない理由は教えてあげる。マルタも知りたいでしょ?」
本をうしろに置いたメラニーがグーにした両手を腰の辺りに置いて、自信たっぷりに胸を張る。
「……ごくん。ええ、まあ」
「ずばり詠唱よ」
黒くてまるいなにかの木の実を飲み込んでマルタが答えると、メラニーがシュビッと人差し指を立てた右手をこっちに向けた。
「……そうか大体わかった」
鞄から出した干したお肉を鍋に入れながら、テオがつぶやく。
「ちょっと! なに納得してるの!?」
「“パドリオッドの詠唱論理”にそれっぽい事書いてあったのを思い出したんだ」
「そんなマニアックなの読んでいるのに魔力操作下手なの?」
「それは関係無いだろ」
驚いたり、呆れたり、怒ったり。
メラニーとテオの会話は見ていてとってもおもしろい。
でも、ぱどりおっど? とか、ろんり? とか、まにあっくな? ってなんだろう?
“ぱどりおっど”のあとに“の”があったから、だれかか物の名前なのかも。
“ろんり”は、“詠唱”のあとだったから、たぶん詠唱のなにか?
“まにあっくな”のあとにも“の”があったから、だれかか物……?
「……はあ。あたしの障壁の詠唱って、祖たる鷲の羽搏きは大地抱く不可視の腕。今天輪と寂光の型へはめ。堕とし。刃弾く城壁とする。の一部を省略して使ってるんだけど、どうもこの“天輪と寂光の型へはめ”のとこが障壁の形を固定化させているみたいなの! どう? 正解だった?」
メラニーがため息をついたと思ったら、プンプンと怒りながらむずかしいそうなことをたくさん言った。
しょうへきって言っているし、壁の形のことだよね?
「おとすって堕落させる感じか? 随分とおっかない詠唱だったんだな」
「しょうがないじゃない。祖たる鷹なんてすごそうなやつ、枷を付けなきゃとてもじゃないけど扱えないわ」
なんだかむずかしそうなお話を続けるメラニーとテオ。
よくわからないけれど、“かせ”って枷のことだよね?
枷はあんまり好きじゃないかも。
「……でしょうね」
ふたりが話している間にすっと入り込むように、マルタが小さくつぶやいた。
ジュジュプシュ―!
お鍋の中のお水がこぼれて、大きな音がする。
その音に、メラニーとテオのふたりは会話を止めた。
「出来たようだし、飯にするか」
「そうだね」
テオの提案にメラニーが賛成すると、みんなが一斉にお鍋を手に取る。
あ、僕の分は、マルタが取ってくれるみたい。
『ありがとう!』
「いえ」
マルタが僕の前に置いてくれた小さなお鍋の中には、うすく黄色い透明なスープが入っていた。
細かい緑の葉っぱ? と黒いなにかの欠片、それとスープの中で元気になった干したお肉! おいしそー!
あ、もう食べていいのかな?
チラッと周りを見ると、もうみんな木のスプーンを使って食べていた。
たぶん食べていいんだよね?
『いただきます!』
もわーっと白い湯気に顔を突っ込んで、舌でスープをすくって飲む。
うん! おいしい! 干したお肉と葉っぱと黒い欠片しか入っているものがわからないけれど、おいしい!
お鍋がまだ熱いみたいだから、顔がお鍋につかないように気をつけて、でもおいしいから急いで食べる。
体が大きかった頃は顔も大きかったから、このお鍋でスープを飲もうとしたら、きっと鼻があちちってなっていたよね。
でも、今は大丈夫! 体も顔も小さくなったから、最後までしっかり食べられるよ!
お鍋の中のスープが減っていくと、体がぽかぽか温かくなってくる。
スープっていいね。
どんどんとスープを飲んでいって、食べようとしてもひょいひょいっとスープの中を泳いで逃げていく干したお肉をついに食べたら――ごちそうさま!
『ごちそうさま!』
顔を上げると、みんなが僕を見ていて、マルタがすっと僕のお鍋を持っていく。
マルタに『ありがとう!』とお礼を言って、テオに『おいしかった!』と言うと、テオが「そっか」と言ってくしゃって笑った。
おいしかった!
まだ口の周りにないかな?
そういえば、この世界にきてお肉食べたの初めてかも。
やったね!
スープとお肉の余韻を口の周りをなめたり、あぐあぐと口を動かしたりしてたのしんでいると、光の線が空から降りてきた。
その線はだんだんと大きくなって、辺りを照らしていく。
とっても強い光。夕焼け石やたき火の光よりも強い。
もしかして――
「止んだみたいだな」
「もー長かったー!」
光を浴びたテオとメラニーが立ち上がって、ぐぐーっと伸びた。
息ぴったり。
見上げた空には、太陽がさんさんと輝いていた。
すこし森の方に傾いているけれど、まだしっかり上から照らしてくれている。
じんわり暑くなってきた気がするけれど、なんだかひさしぶりな気がするし、このままでいいかも!
あ、砂嵐が大丈夫ってことは……!
やった! これでまた東に向かって行けるね!
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