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月が満ち欠けを繰り返す分だけ、僕の背丈は伸びた。
いつの間にか声が低くなり、うっすらと髭が生えた。
子どもの頃の面影はない。僕は僕の知らない誰かになった。
それでも最低限を与えられ、足あとを消す仕事をさせられていた。
ある、新月の晩だった。
大きな河のほとり。橋の上。
いつものように僕はご主人の後を歩いていた。
いつの間にか僕はご主人よりも背が高くなり、腕も足も太くなった。ご主人の罵倒の中身はたいして変わらなかったけれど、髪の毛の生え際は後退し、背を丸めて歩くようになっていた。
「ヴィツィオ」
「ん? 今、誰かおれを呼んだか?」
声変わりしてから、ご主人の前で言葉を発したのは初めてだった。
突然見知らぬ声に呼ばれ、ご主人は警戒するように辺りを見渡した。
「……まさか、お前か?」
ご主人が振り向こうとした瞬間に、僕は隠していたナイフでその脇腹を刺した。
どこを刺せば人間は死ぬのか?
ずっと見てきたし、本でも読んで何度も何度も何度も何度も頭のなかで練習してきた。失敗はしなかった。
いつの間にか声の変わった僕の、いつの間にか蓄えられた力のすべてをもって、ご主人は死んだ。
「なんだ。意外と、簡単だったじゃないか。なにを今まで、躊躇っていたんだろう」
しゃがんで膝をつき、もう動かなくなったご主人からナイフを抜いた。丁寧に血を拭き取って鞘に収める。
本とナイフ。
たったふたつだけの、僕の持ち物。
もう、僕が僕であることを証明するのは、このふたつしかない。
もう、動かなくなった人間だったものを、河へ落とす。
水飛沫が無様な断末魔のように思えた。そんなこと、あるはずもないのに。
さて。
まずは人間だったもののの足あとを、すべて消してしまおう。
僕の仕事は、足あとを消すこと。
それが、唯一の取り柄だからね。
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