三七日(みなのか)

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三七日(みなのか)

○由香里の部屋(夕方) T「三七日」 由香里、腕を組んで考え込んでいる。 由香里「どうしよう。二回目にして、いいところが見つからん」 テレビにドラフト会議の模様が流れる。 何かを思い付いた様に手を打ち頷く。 由香里「今日は、これや」    ×   ×   × 低い本棚の上に設置された簡易の神棚。その横に水の入った湯呑みが供えられ、線香 が白い煙を燻らせる。 由香里N「閻魔様、父のお陰でタイガースファンになれました。辛い時も、悲しい時も、タイガースの試合に励まされて頑張ることができました」 ○由香里の回想・旧安川宅・居間(夜) 由香里(9)、楽しそうにアニメを見る。 安川(46)、ニコニコ笑いながら部屋に入って来る。 安川「ちょっとだけ、ちょっとだけ」 と、由香里の前に立ちはだかり、テレビのチャンネルをガチャガチャ変える。 由香里、安川の服を引っ張り、 由香里「お父さん!」 安川「ちょっとだけ、ちょっとだけ」 由香里、膨れっ面で側にある漫画を読み出す。 由香里N「ちょっとではありません。延長も含めて試合終了までです。当時、他局の延長が三十分のご時世に、この某ローカル局は試合終了まで放送していました。今のCS放送並みのことをしでかしていました。そのお陰で、私はアニメを邪魔する野球が大嫌いでした」    ×   ×   × 上機嫌の安川。 テレビの画面では、ヒットを売った後で走塁する野手たちと応援で盛り上がるタイガ ースファンが映し出される。 画面ではタイガースに点が入りスコアボードに「1」の文字が表示される。 六甲おろしが賑やかに流れる。 安川「よう、やった掛布! よっしゃ、よっしゃ」 と、拍手する。 不服そうに安川を睨む由香里。 由香里の視線など、お構いなしに食い入る様に試合の行方を見守る安川。    ×   ×   × 不機嫌な安川。 テレビ画面に映るスコアは「9回裏 阪神1ー大洋9」。 安川「ちっ!」 怯える由香里。 テレビ画面では、相手チームのヒーローインタビューが始まっている。 安川、勢いよく立つと階段をドカドカと、うるさく駆け上がる。 《ピシャリと扉の閉まる音》 由香里、肩をビクリとさせ、二階を見上げる。 由香里N「所が、あの優勝の年から、こんなにも毛嫌いしていた野球が、無くてはならないものになっていました。それには、こんな根深い理由があったようです」 ○由香里の回想・小学校・教室(昼) 『1-6』の教室札。 教室の中では生徒たち、一生懸命に合唱曲を練習する。その中に由香里(7)もいる。 恥ずかしそうに周りを見ながら歌う。 由香里N「私は音痴でした。実際に音も外れていたし、ずっと正真正銘の音痴だと信じて疑いませんでした。所が、ある日、その事実を一瞬だけ覆す事件があったのです」 ○由香里の回想・由香里の部屋(夜) テレビに映し出されるタイガースの試合。応援団やファンが豪快に旗を降ったり、応援歌を歌う。 由香里(33)、ビール片手にテレビを見る。 由香里N「十八年ぶりの優勝の年。そして、あの瞬間」 テレビでは打球が大きなアーチを描いてバックスクリーンまで飛んで行く。 アナウンサーの声「ホームラン! ホームラン!!」 由香里「よっしゃー!」 と、拳を上げる。 テレビでは塁にいた選手が次々と戻ってくる。 応援団とファン、狂喜乱舞で六甲おろしを歌う。 テレビの前の由香里、大声で歌う。 由香里「(歌)六甲おろしに、颯爽と」 由香里N「誰に教わった訳でもないのに、歌詞も見ず、音も外さず歌える……いや、外そうとしても外れませんでした。歌のみならず、伴奏やファンファーレまで歌える! どうなってるんだ、私! 音痴よ、どこへ消えたー」 嬉しそうに何度も歌い続ける由香里。 由香里N「すべての謎が一本の線に繋がったのは、ある科学番組を見た時のことでした」    ×   ×   × テレビには木の切り株が、映し出されている。 科学者の声「この様に人の記憶は、木が年輪を内側から一本づつ増やしていくように、人の記憶も脳の中心から外側に向かって、一つづつ順に記録されていきます」 由香里、食い入る様にテレビの画面を眺める。 由香里N「そう、なんです。私の脳の中心には、六甲おろしと阪神ファンの声援が容赦なく刻み込まれていたのです。根拠? それは私が夏に生まれたから……そう、一番最初に聞いた音は六甲おろしだったのです。間違いありません」 ○由香里の回想・旧安川宅・居間(夕方) 安川(37)、嬉しそうにテレビを見ながらビールを飲む。 修平(8)、スイカを頬張る。 テレビの横のベビーベッドで眠る由香里(0)。 テレビでは大歓声と共に六甲おろしが歌われている。 由香里N「私に歌う自由はない。ただひとつ許された歌、それは……『六甲おろし』。絶対音階が『六甲おろし』……神様! 何故に私は、この様な試練を与えられるのですか? 神様ー!」 ○由香里の部屋(夕方) 手を合わせる由香里。 由香里N「これって弁護? 愚痴? ……ま、いいか」 ○冥土 しかめっ面で腕組をしてモニターを見る閻魔様。 安川、モニターの前に立ちはだかり、 安川「ちょっと、よろしいか」 と、閻魔様の机に置かれたリモコンを取り上げチャンネルを変える。 安川「あれ? これ東京のチャンネル?」 閻魔様、ニヤリと笑い。 閻魔様「ああ、それ、どのチャンネルも巨人戦しか流れないんです」 安川「それやったら、阪神の試合も流れてるやろ」 と、チャンネルをめくるめく変える。 モニターに映し出される阪神・巨人戦。 安川「あった、あった。しかし、古い試合やなぁ」 モニターにスコアが映し出される。 『六回表 阪0ー巨19』 安川「何や、これ!」 閻魔様「ああ、いい忘れてました。そこに流れている試合は僕の趣味で巨人の勝ち試合しか入ってません」 安川「な、何ちゅう、悪趣味な」 閻魔様「阪神の負け試合を集めたのではなく、巨人の勝ち試合を集めたんです。巨人ファンの方には喜ばれるんですけどね。伝説化した様な試合のオンパレードですから」 安川「巨人の勝ったとこ、見て何がおもろいねん。けったくそ悪いなぁ」 閻魔様「僕はその逆ですよ。阪神が勝った試合を見ても、気分がダダ下がりになるだけです」 安川「何やと!」 閻魔様、書類をパラパラめくり、 閻魔様「そろそろ始めますか」 安川、モニターに向き直り阪神・巨人戦を見て苛立ちながら貧乏ゆすりする。 安川「何しとんねん! そんなへなちょこフライ落とすな! このボケなす」 閻魔様「安川さん、安川さん」 安川「ちょっと、待っとくんなはれ」 閻魔様「負け試合って、分かってて何で見るんです?」 安川「習慣  や、習慣。こっちの方が、しっくりくるわ」 と、モニターを睨み付ける。 閻魔様、懐からリモコンを取りだしモニターを消す。 安川「何個持ってるねん」 閻魔様「それでは三七日、始めましょうか。今日は完全にマイナスですね。今の奥さまの供養差し引いてもプラスにはなりませんよ。次週こそは、しっかりお願いしますね」 安川「何があかんねん!」 閻魔様「それは……あなたが、タイガースファンだからです!」 ニコニコ微笑む安川。 閻魔様も負けじと微笑む。 安川「中々、おもろい冗談言うようになってきたやんけ。ほんで、今日はどないやねん?」 閻魔様「僕は冗談が嫌いです」 安川「何を言うとんねん。意味、分からんなぁ」 閻魔様「(吐き捨てる様に)子供まで、応援の道具にしやがって」 安川「わし、何にもしてへんがな」 閻魔様「ええー、以上を持ちまして独断と偏見の三七日を終了いたします。お疲れ様でし た」 と、一礼して大きな扉の方に歩き去る。 安川「何、開き直っとんねん! やり直さんかい。 裁判官が偏見って何や、偏見って!  おい!」 閉まる大きな扉。 安川「こら! 話聞かんかい!」 ガックリ肩を落とす安川。 安川「わしが閻魔になったら、巨人ファンみんな地獄送りじゃ。わし、絶対、閻魔になったる!」
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