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第三章 道化の見た闇
さて、と。
ここまで人に話したのなんて何年ぶりだろうな。
もしかすると初めてかもしれねえなあ。
一応な、聞いていて楽しい話じゃないことは申し訳なく思ってるんだぜ?
そんな、いいよ、無理しなくて。
ただな、ここまで話したこと、そんでこれから話すことを経験していなかったとしたら、今の俺はいなかったってのは間違いねえ。
だから、もうしばらく我慢してくれよな。
まあ、そんなこんなで俺は人を笑わせるってことに喜びを覚えるようになってな、毎日ひどいいじめを受けながらも一日も学校は休まなかった。
だってよ、クラスに行けば俺を苦しめる奴よりも多く、俺の話を聞いて笑ってくれる人間がいるんだ。
よく言われたよ、なんでお前はあんなにいじめられててこんなに楽しい話ができるんだよ、ってな。
そりゃあ簡単さ、親父は小さいころから人に優しくしろって教えてくれたし、俺が笑ってりゃあ周りも笑ってくれるからさ。
だから俺は苦しみなんか感じない道化になって、みんなを笑わせたんだよ。
確かに周りは俺のことをいじめから救ってくれはしなかったけど、それでも少なくとも俺の味方にはなってくれてた。
だからそいつらには何としても笑っていて欲しかったんだよな。
ん? 聞きたいことって何だい?
ああ、俺がいじめの主犯から恨まれる理由か?
何のことはない、逆恨みさ。
そいつは小学校の頃から柔道をやっていてな、体格は小さいが小学校の頃は周りに暴力をふるうときはよく相手を転ばせたりしてたらしいんだ。
で、そこそこの強さだったらしくて当然のように中学校でも柔道部に入ったんだよ。
そしたらそこに俺がいた。
柔道なんかしたことのなかった俺はすぐにそいつの的にされてな、そりゃあ面白いようにホイホイ投げられてたよ。
寝技になりゃあ合法的に首を絞められるし、そいつにとっちゃあ反撃もできない俺を一方的にいたぶるのはさぞかし快感だったろうよ。
そいつは元から柔道を経験していただけあって、一年生のはじめの頃は同級生の中で抜きんでて強かった。
そんで俺にはもう向上心や努力ってもんが残ってなかったからな、そいつに一方的にやられるのを悔しいとも思わずに、ただ目標もなく練習してたよ。
ところが入部して半年が過ぎたころ、確か日曜日だったと思うんだが、紅白の団体戦を模した試合形式の稽古をやることになった。
運よくか悪くなのか、俺の対戦相手はそいつだった。
その頃のうちの部活ってのは生徒の親が差し入れを持ってきてくれるのが当たり前でな、そのまま練習を見学して帰るのさ。
その日も何人かの父兄が見守る中で、俺たちの試合が始まった。
そんで当たり前のように、俺は試合開始早々に投げられてポイントを奪われた。
ここまではまあいつもの流れさ。
そいつは本気を出さないでわざと一本を取らずに、何回も俺を投げて楽しむのがいつものことだったから、ああ、今日も始まったなぐらいにしか思ってなかったよ。
ところが、だ。
そいつが俺を投げようとしたとき、たまたま俺が動かした足にそいつの足がぶつかったんだ。
そのままふたりでバランスを崩して畳の上に転がったとき、俺は反射的にそいつを抑え込んじまった。
ただ目標もなく練習していたはずだったが、どうやら半年も揉まれているうちに身体の中に柔道が染みつき始めていたんだな。
俺はそのまま30秒間そいつを押さえ切って、試合に勝ったんだ。
驚いたのは俺が押さえ込んでいる間さ。
そこにいる同級生も、先輩も、父兄も、ほとんど全員が俺に向かって、頑張れ、そのままだ、って応援してくれてるのさ。
そんで30秒押さえ切ったときの大歓声ときたら、そりゃあすごいもんだったよ。
大人も子供も、口には出さないけどほとんどの人たちがそいつを嫌っていたってことがそこで証明されたわけだ。
そいつにしてみれば、誰よりも強くて将来は部を背負って立つぐらいの気構えでいたんだと思う。
けど格下だと見下してた相手に負けて、しかも誰も自分に対して声援を送ってくれないっていう現実を見せつけられたわけだから、そりゃあ腹立たしかったろうし、悔しかっただろうな。
その日を最後に、そいつは二度と道場に姿を表さなかったよ。要は悔しさから逃げたんだな。
たった一度の負けを認められずに、ただ自分を負かして恥をかかせた俺を恨む気持ちを抱えたままな。
そんで次の春に俺と同じクラスだと知ったとき、きっとそいつは狂喜したんだろうな。
これであいつに日常的に仕返しができる、ってな。
そうだ、部活についても話しておこうかな。
中学2年のときに、部活の顧問が変わったんだ。
日体大卒業の、オーストラリアに留学経験のある、英語も堪能なゴリゴリの体育会系の先生だった。
体育会系だけあってそりゃあ見た目も岩みてえな人で怖かったけどな、笑った顔がとにかく優しくて、実力もない俺や同級生のことも気にかけてくれてた。
通勤に一時間以上かかる家には両親も一緒に住んでいてな、しかもお父さんが認知症にかかっていて色々と世話が大変だったらしい。
それでも大晦日と元旦や仕事で来れないとき以外は、必ず俺たちのことを熱心に指導してたよ。
練習は本当にきつかったけどな。
俺はそんな中で弱くても一日もさぼらなかった、というか、さぼるという方向に頭が働かなかった。
別に楽しいというわけじゃなかったが、中途半端でいなくなっちまったら俺をいじめてたあいつと同じになっちまうと思ってたからな。
それに、実際のところ周りはどんどん実力をつけていって、2年の秋ぐらいには地域じゃ負けなしどころか県内でも指折り数える強豪校になってたんだ。
これは顧問の厳しい指導のお陰でもあるし、それに負けじと食らいついていった生徒たちの根性が実を結んだんだと思う。
ところがそんなある日、俺は練習中に強烈な違和感を覚えたんだ。
さっきの優秀な顧問がな、ひとりの生徒を絞め落としたんだよ。
絞め落とすってのは要は失神させて仮死状態にする、ってことだな。
これは柔道界ではたまにある話で、絞め技がきれいに決まったときってのは、抵抗する間もなく脳に血液が行かなくなるせいであっという間に失神してしまうんだ。
でも、そうじゃない場合もある。
中途半端に絞め技が決まると、じわじわと首が絞まってゆくことで少しずつ呼吸が止まやがて口の中から舌が押し出されるように外に飛び出してくる。
それから顔が紫に変色してチアノーゼって状態になるんだな。
ここがいちばん苦しい。
だから柔道には、まいった、っていう意思表示があるんだよ。
相手の身体を2回タップする、これが、まいった、の合図でな、その時点で攻撃側は絞めをやめなけりゃいけない。
これは柔道をする人間が絶対に破っちゃいけない最低限のルールなんだ。
なにせ処置を誤ると命に直結するからな。
で、そいつが絞められてるときの話なんだが、俺はちゃんと見ていたんだよ、そいつが何度も顧問の身体をタップしているのを。
そうだよママ、信じられるか?
顧問はわざとそいつを苦しめて絞め落としたのさ。
そいつに意識がないのを確認してから、顧問はみんなを呼んだ。
みんな騒然としてたよ。
だって舌を口から垂らした紫色の顔のやつが全身を痙攣させながら転がってるんだからな。
そして顧問は何食わぬ顔でしばらくそいつを放置してから、蘇生法をみんなに教えてのけたのさ。
意識を取り戻したとき、落とされた奴はきょとんとしてたよ。
そしてその日を境に、顧問は俺たちを平気で絞め落とすようになった。
さっき俺が話した、いじめの垣根を越えたってやつだ。
まあ百歩譲ってそれが練習の不可抗力っていうんなら話は分かるが、顧問は絞めの態勢に入ったときに相手に言うんだ。
「今日、〇〇先生からお前が授業を聞いてなかったと報告を受けた」
ってな。
要は教師間の密告で成り立つ、生活態度の悪い生徒に対する私刑さ。
だから当然、俺たちは絞め落とされたくないっていう一心で生活態度に気を配るようになった。
そりゃあ品行方正にもなるさ。チクられるのが怖いし、どこで誰が見ているか分からなかったからな。
今の時代に置きかえてみれば、どこぞの国と同じ社会統制システムを中学生に強いていたんだよ、その顧問は。
それでもひとりひとりが恐怖に縛られながらも生活態度に気を配ったおかげで、絞め落とされる人数は激減していった。
ところがそれからしばらくして、品行方正で人畜無害な奴がいきなり絞め落とされたんだ。
本人に聞いても周りに聞いても、そいつはなにひとつ悪いことなんかしていないってことがあとで分かった。
ただひとつ、その数日前に学校で大きな問題があったんだ。
さっき不良グループの話をしたろ?
そのうちの何人かが顧問が担任をしているクラスの生徒でな、そいつらがけっこうな暴力行為をしでかしたんだ。
やられた奴は頭を打って骨折までして即入院と、危険な状態だったらしい。
そんで顧問はその問題を収めるために色々と飛び回って頭を下げたりと、どうやらそうとうな苦労をしたらしい。
ここまで話せば分かるかい?
そう、そのまさかさ。
その日の顧問はすこぶる機嫌が悪くてストレスがたまっていたんだろうが、絞め落とされた奴はそのストレスのはけ口にされたのさ。
つまりは合法的な暴力によるオナニーだよ。
不良たちはぶん殴ってやりたいほど頭に来るが、ちょうどその頃から教師による体罰が問題視されはじめていて、簡単に手を出すわけにもいかない。
怒鳴りつけたところで相手は集団だから暖簾に腕押しだ。
そこで手っ取り早く心の中のフラストレーションを軽減させる方法が、俺たちがチアノーゼで苦しむ姿を見ることだったのさ。
いやいや、信じられない、じゃなくてその当時の体育会系の現実なんだ。
沿岸の強豪中学校のコーチなんて生徒の顔の前で屁をこいて、かぐわしい香りでございます! って言わせるなんてのもいたんだからな。
まあとにかくだ、今度はその日を境に、不良たちが何か問題を起こすたびにひとり、またひとりとチアノーゼの地獄を味わう奴が増えたのさ。
だから俺たちは自分たちの生活態度に気を配るだけじゃなく、どうか今日は不良グループが何も問題を起こしませんように、って訳の分からない祈りを捧げるようになったんだよ。
馬鹿げてるだろ?
でも、その馬鹿げたことが日常になると、みんな顧問が間違っているなんて思えなくなってしまうんだ。俺が親父に対してそうだったようにな。
しかもさらに悪いことに、顧問が自分の機嫌で暴力をふるってもよい、なんて見本を見せてしまったもんだから、それを真似するバカも出てくる。
それはひとつ上の部長で、2年生の頃から全国大会に出るような化け物みたいに強い人だった。
ところがこれまた力に酔っておかしくなっちまってる人でな、自分の同級生には懸命にゴマを摺るくせに、部活になるとまあ傍若無人で、顧問が来ない日になるとよく俺たちを絞め落としたりして遊んでたよ。
それでも不思議と部活を辞める人はほとんどいなかったな。
辞めたら部長か顧問に殺されるって本気で思ってたし、俺と同じように周りもすっかり洗脳されて、暴力による統治を受け入れてたんだ。
話を戻してその顧問はな、父兄やほとんどの生徒から今も感謝されているんだよ。
特に父兄たちは、息子の生活態度が良くなった、まじめになった、あの先生だからこそ全国大会に行く生徒も出た、って、まるで神様扱いさ。
それで俺が社会人になって何年目かに、その顧問が8段に昇段したお祝いをしようという話になってな、俺は参加拒否の意向だったんだがどうしても同級生からの誘いを断れなかった。
仕方なしに出席した俺は、ほろ酔いの顧問が笑いながら言ったスピーチに血の気が引いたよ。
私は部活の際に彼らのことを絞め落としていましたが、あれは指導なんかじゃなく、ただのうさ晴らしでしたし、落とすのが楽しかったからです。
会場からは大きな笑い声と、えー! なんて掛け声が飛んでいたがな、俺はその場で叫びそうになったよ。
こいつらみんな、頭のねじが全部飛んでしまってるんじゃねえか、ってな。
今、ステージの上で、あの人は自分の暴力によるオナニーを認めたんだぞ?
お前らは、お前らの息子はその身勝手な自慰行為の犠牲者なんだぞ?
悲しいことに、俺と同じ顔をしてる奴なんてのはひとりもいなかったな。
今にして思えば、頭のいい後輩なんかは誰ひとりその席に出席していなかったな。
もしかすると、頭がいいから顧問の異常さに気づいてたのかもな。
なあママ、率直に聞くが、俺はバカに見えるか?
ここまでの話を聞いて、何で逃げないんだとか思うか?
うん、うん……。
なるほどな、間違ってるとかバカとか、そんな次元じゃねえってな。
そう、ママの言うとおりなんだよな、俺がいちばん狂ってたのかもしれねえが、その周りだってじゅうぶんに狂ってたんだよ、きっと。
いや、気にしないでくれよママ、そうやって客観的な意見をもらえるってのは本当にありがてえことなんだ。
しかもな、最近になってようやく気付いたんだが、担任にリンチされたことで俺の心に悪い変化が起きてたんだ。
他人の不幸、特に自分を苦しめた相手の不幸が嬉しくなったのさ。
感情や感覚が麻痺していたせいで今までは誰かが不幸になっても共感できないだけだったが、生徒指導室で生まれた道化はよりによって、もう一段階悪い方向に狂っちまったんだよ。
それに最初に気づいたのは、俺をいじめていた主犯の奴が不良グループに目を付けられたときだった。
もともとはそのグループのひとりだったそいつは、とにかく嘘つきで卑怯な真似ばかりを繰り返してたらしい。
当時の不良ってのはただ悪いだけじゃなくて堅物なところがあってな、奴らなりの信念というか、自分たちが信じるカッコいい男としてのポリシーを持って悪事を働いてたんだよ。
ところがそいつはそういったもんを一切持たずにずる賢さだけで世渡りをしていたもんだからな、きっと曲がったことが嫌いな硬派な奴と揉めたことでグループの中で浮いたんだろうな。
いちど不良軍団から目を付けられると、それはいじめというレベルをはるかに超えてそいつを襲うんだ。
ある日から休憩時間のたびに不良が何人かで俺のクラスにそいつを迎えに来るようになった。
はじめは知らなかったが、どうやらトイレに連れ込んで暴行してたらしいんだよ、そいつを。
そしたら俺に対するいじめはピタッと止まってな。
おかげで俺は低迷していた成績も上がり始めてな、部活は相変わらずきつかったけど、それでも友達と遊ぶ余裕も少しずつ増えていったよ。
代わりに俺をいじめてた奴はみるみるうちに生気がなくなっていった。
そんな日々が1か月ほど続いた頃だったかな。俺は休み時間が終わるたびにボロボロになって教室に戻ってくるそいつを見ているとき、鳥肌が立つほど興奮していることに気づいたんだ。
それが間違ったどす黒い悦びだってことに気づかないまま、俺はただ休み時間を待ち侘びて、呼吸が荒くなる自分を押さえるのに必死だった。
担任も明らかにケガが増えていくそいつの異常に気付いていたんだろうが、無関心でいるのが得策だと思ったんだろうな。
結局最後までそいつに救いの手を差し伸べることはなかった。
本当に最低の担任だよ。
ところが今度は、その最低の担任に不幸が襲い掛かるんだ。
ある日、前触れもなくそいつに対する暴力は止んだ。
まあその頃にはそいつはボロクズのようになってて殴っててもつまらなかったんだろうとは思うが、こちらとしてはじゅうぶん過ぎるほど溜飲が下がっていたので満足だったよ。
ところがどうやら理由は全く別だってことが少しして分かった。
今度は担任が暴力の的になっていたのさ。
確かに担任は高圧的で鼻持ちならない大人ではあったけど、中学生が教師を集団でリンチするなんてのはにわかには信じられなかった。
トイレの前を通ったとき、壁に激しくぶつかる音と担任のうめき声が聞こえてきたんだが、俺はどういう訳か何も感じなかった。
ただ、不良たちに両肩を抱かれながら、やめなさい、ね、やめなさいよ、と半笑いのままトイレに連れ込まれていく姿を見るたびに、奢れる者は久しからずや、っていう習ったばっかの言葉が浮かんでたのを覚えてるよ。
あれだけ一方的に暴行されて恨んでたはずなのに、なんか憐れみすら覚えるほどみっともない姿だったな。
とにかくその日から担任は顔以外のあらゆるところを殴られたり蹴られたりして、ついに耐えられなくなって学校に泣きついたんだろうな。次の年の春にわずか2年という異例の在任で県北の中学校に転勤になったよ。
そうそう。最近懐かしくなってそいつの名前を検索したら、県の教育委員会のお偉いさんになってたよ。
きっと、自分がしたこともされたことも隠し続けて生きたんだろうな。
私情で生徒をリンチして、逆に生徒にリンチされて逃げ出した過去を引きずりながら就いた教育委員会の役職は、さぞかし苦いもんだっただろうさ。
今の俺に言わせれば、ざまあみろってやつだ。
もうひとり、裏切り者の幼馴染についても話しておいた方がいいかな。
そいつ、主犯が暴行されるようになってすぐ、俺に言ったよ。
俺はお前がいじめられ過ぎないようにあいつの行動をコントロールしてた。
いじめたくていじめてたんじゃないから俺は悪くない。
どちらかといえば俺は暴力を恐れた被害者なんだ。
あいつがやられてせいせいしてる。
こいつは救いようがないなって思って、相手にしないことにした。
結局のところ、桶の周りでいちばんのクズはその幼馴染だったのさ。
そんでそいつは俺に許されたと思ったのか、堂々とクラスのリーダーを公言するようになった。
もともとそいつの家は旅館をやっていて金持ちだったうえに、従業員が坊ちゃん扱いするのが当たり前だったから、自分は人の上にいるのが当然って考えが染みついてる奴だった。
とび抜けたリーダーシップもない、成績だって良くない、得意なのはドスの効いた声で誰かを脅すことぐらいの卑怯者がクラスのリーダー気取りだってんだからな。
それでも周りはそいつが怖くて、小さな取り巻きを作るようになった。
そんでそいつは自分にリーダーシップがある、自分はみんなに慕われる人間なんだと勘違いしたまま大人になっちまった。
その結果としてな、何年か前にびっくりすることが起きたんだ。
フェイスブックってあるだろ? 俺はよく訳も分からないまま始めたんだが、俺の名前を見つけたそいつが友達申請してきやがったんだ。
厚顔無恥が極まるってのはこういうことかと、俺はそのときパソコンの画面を見ながら夜中にひとりで大笑いしたよ。
40を過ぎた大人が、自分がしてきたことをまるまる棚に上げて、おそらく学生時代にいちばんひどい思いをさせて、いちばん恨みをかっているであろう相手に、よりにもよって友達申請だぜ?
俺はひとしきり笑ったあとで、思っていることを素直に、一切オブラートに包まずにメールにしたためてそいつに送ったんだ。
まず、自分が私に対して何を言っているか冷静に考えてください。
私の手の甲にはシャープペンシルで掘られた傷が残っていますし、心の傷と今も戦っています。
お子さんがいるようですが、同じことをされたらどう言うつもりですか?
俺もやったことがあるから相手は間違ってない。そう言えますか?
厚顔無恥という言葉がこれほど当てはまる人間を、私は今までに見たことがありません。
いちど自分の姿を鏡に映し、自分の行動は正しかったのかと語りかけてみることをお勧めします。
内容は確かこんな感じだったな。
本当に情けなかった。
友達申請してきた幼馴染もそうだが、感情的な人間じゃないはずなのに文章から怒りが滲み出ちまってる自分も、な。
その次の日に、そいつからは謝罪のメールをもらったよ。
少しは心に響いたんだな、と思ったが、同時になんだか虚しくてな。
こんなことをしても俺の心は晴れやしないし、ただただ忘れてた嫌な思いが蘇っちまった。
そんな顔しないでくれよ。本当にごめんな。
でもな、どうしても今日だけは聞いてほしかったんだ。
え、違うのか?
悲しくて泣いてるんじゃないって……じゃあなんで……。
……よく頑張って言えた、えらい、って……そんな。
違うんだよ、俺はただ自分の恨みを晴らし……。
ああ、そうか、俺が自部にかけた呪いが解けた話をしてないからだな。
そうか、じゃあどうやって俺の感情が元に戻ったか、その話をしようか。
あの人は気づいちゃいねえだろうが、俺には恩人がいるんだよ。
その人と出会ったのは俺が社会に出て、だいぶたってからの話さ。
続く
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