第十六話 セナのいない旅

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 男とジャックの問答を聞きながら、クリンはしだいに冷や汗が出てきた。  この男は、ミサキのことを……いや、ミランシャ皇女のことを知っている人だ。もし会話をすれば、彼女の記憶が戻ってしまうのではないだろうか。  会わせたくない。いや、本当は彼女のために会わせたほうがいいのかもしれない。でもいやだ。  相手が敵かどうかなんてわかるわけもないのに、身勝手にもそう思い、判断に迷う。 「話は終わりだ。では、道を開けてもらおうか」  ジャックが早々に話を切り上げようとした。  男はやれやれ、と肩をすぼめて、「いたしかたありませんね」と言った。  あきらめてくれたのだろうか。警戒しながらもそう期待したのだが、残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか、彼らは簡単に諦めてはくれなかった。  男の合図で、客車から人が降りてくる。用心棒なのか、小綺麗な格好はさせられているが大柄で強面(こわおもて)のその男は、手に細長い剣を持っていた。  よく目にする両刃の剣とは違って、それはやや湾曲に反った片刃の剣だった。クリンはその細長い剣を見たことがなくて眉を寄せた。 「首都の官僚? よく言えたものだ。ジパール帝国の伝統的な刀じゃないか」 「おや、ご存知でしたか」  ジャックと男のやり取りに、クリンは彼がシグルスではなく帝国の人間なのだとわかった。  刀を持った男は矛先をジャックへ向けた。ジャックも受けてたつと言わんばかりに抜刀し、じりじりと間合いを詰めていく。  先に動いたのは相手の男だった。  やぁっと野太い声をあげて、大きく刀を突き出し突進してくる。  ジャックはあえて間合いを詰めさせてから太刀筋を見極め、さっと右にかわした。 「うるさい声だ。馬がかわいそうだろう」  そう言いながら男の剣先をかわし続け、クリンたちの馬車から離れていく。  そこでクリンは気がついた。こちらの近くで斬り合えば、驚いた馬が暴れ出してしまう。それを初心者のクリンが止めることができないため、馬を刺激させないように離れてくれているのだ。  男の剣から避けていただけのジャックだったが、馬車からじゅうぶん離れたところに来るなり一転して、攻撃に切り替えた。長い剣を難なくかわし、相手の肩めがけて剣先を一気に突きだす。優勢だと油断していた男は突然の反撃に対応しきれず肩をかすったようだった。  男はチッと舌打ちひとつして刀を握り直すと、素早い動きで振り下ろした。ジャックが男の一撃を剣で受け止め、そのまま(つば)競り合いに持ち込む。  睨み合いの末、勝ったのはジャックだった。  一瞬の隙も見逃さず(つば)を弾き、よろめいた男の手を斬りつける。男は「うがぁ」と悲鳴をあげて刀を落とした。  勝った!  クリンがホッと息をついたのも束の間、しかしながら相手の客車からまた一人、刀を持った用心棒が現れて、まっすぐジャックのもとへと駆けつけていく。 「くっ」  ジャックが二人目の攻撃を剣で受け止めた時、一人目の男が態勢を立て直し、もう片方の手で刀を拾った。  これでは二対一になってしまう。    クリンはギュッと手綱を握る手に力をこめた。  用心棒があと何人乗っているのかもわからない。せめてセナがいてくれればよかったのだが、いない人間をあてにしてもしかたがない。この状況を、武力以外で打開する方法はないだろうか。 「……そうだ。ミサキ、マリア!」 「なに?」  御者席と客車をつなぐ小窓から話しかければ、すぐに反応を返してくれたマリアの声。  クリンは相手に聞こえないよう小声で話しかけた。 「ミサキは大丈夫か?」 「ええ、平気です」 「馬車が動くから、ちゃんとつかまっててな」 「え? は、はい」 「マリア、移動の術って、目的地がすぐ近くでも使えるのか?」 「う、うん。でも、馬車ごとなんてやったことないよ」 「いや、キミひとりで十分。目と鼻の先、相手の馬車まで飛べる?」 「たぶん行けると思う」 「マリアに頼みたいことがあるんだ」    クリンはひそひそと作戦を伝えた。マリアは「おーけぃ」とほくそ笑むと、すぐに行動にうつしてくれた。  小窓からパァッと白い光が見える。 「ジャックさん、すぐに馬車に乗ってください!」 「!?」  ジャックは二人からの攻撃に劣勢を強いられながらも、器用な剣さばきで一人の刀を弾き飛ばしたところだった。  クリンの声に反応した時、相手の攻撃がジャックの腕をかすめた。 「早く!」  反撃をあきらめ、ジャックは攻撃をかわしながら馬車へと駆けてくる。  と同時に、相手の馬車の先頭からまばゆい光が放たれて、「ごめんね〜」というマリアの声が響く。  突然の光に驚いた三頭の馬が、ヒヒィンと雄叫びをあげた。  暴れ始めた馬のせいで、相手の馬車は大きく揺れ、御者も官僚を装っていた男も驚きを隠せないようだ。 「なんだ!?」 「おさえろ!」  後手にまわった男たちの対応など間に合うはずもなく、馬たちは各々に走り出して馬車を引きずっていく。  おかげでふさがっていた道が開かれた。  相手が馬に気をとられている合間に、クリンは馬車の手綱をパンッと叩いた。と同時に後方の小窓から光がもれて、マリアが戻ってきたのがわかった。  動き始めた馬車に、タイミングよくジャックが駆けてくる。クリンは片手で手綱を握り、もう片方の手をジャックのほうへ差し出した。 「ジャックさん!」  ジャックが手をつかんでくれたので、ぐいっと御者席へと引き揚げ、彼に手綱を返した。突然のことに混乱しながらもジャックは馬を上手にコントロールして、猛スピードでその場をあとにする。  うしろを振り向けば、暴れた三頭が馬車を引きずって街道から離れていくのを、男たちが追いかけていくのが見えた。 「何をやったんだ?」 「マリアに光の術で馬の目をくらましてもらったんです」 「失敗したらどうするつもりだったんだ」 「その時はミサキと二人で、昨日泊まった小屋まで移動するように伝えてありました。相手はミサキにしか用事がないので、いないとわかれば大人しくなるでしょう」 「……。悪知恵が働く」 「頭が切れると言ってください」 「ふっ」  違いない、と、ジャックは手綱を握りながら笑った。  だが、クリンは笑わなかった。  やはり、彼は思った通り……。
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