第十六話 セナのいない旅

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 翌日は快晴。  あれから追手もなく、林を抜けた一行は順調に目的地のほうへと進んでいた。   「ジャックさん、乗馬の練習付き合ってください」 「……もう、一人で乗れるだろう」 「まだちょっと不安なのでお願いします」  移動の休憩中、木陰で腰掛けるジャックのもとへ、クリンは馬をつれてくる。  あの話し合い以降ことさらに冷たくなってしまったジャックに、クリンはとにかく話しかけ、コミュニケーションを試みていた。  御者席で何か話題をふっても、無視まではされないが返ってくる返事はそっけなく、沈黙は増えた。  だが、探り合いと化かし合いの警戒合戦の時よりはマシだと、クリンは前向きに考えていた。 「うわ」 「ほら、すぐ慌てる。馬にも不安が伝わるぞ、落ち着け」 「だって怖いですもん」  馬が突然方向転換しそうになって慌てたところへ、ジャックはクリンの手綱を引いて馬を宥める。  子どものように「だって」「だもん」と言いながら口を尖らせるクリンを見て、ジャックはハァとため息をついた。  なんだかんだ冷たく接しながらも、ジャックの兄貴分気質は板についてしまっているようで、それからも丁寧な乗馬の練習は続いた。 「ジャックさん。隣座っていいですか?」 「……」 「いただきまーす」  今度は昼食タイムだ。  いつもはミサキとマリアと三人で食べていたそれも、クリンは席を外してジャックのもとへ。  うんざりするジャックにおかまいなしに、クリンは隣に座って携帯食料を開ける。  クリンのストレートな作戦は、ジャックにだってバレバレだろう。だがクリンはあえて遠回りな作戦なんて選ばなかった。  とにかくジャックの心をほだし、説得し、氷を溶かしてしまいたい。そのために必要なのは小賢しい駆け引きなどではなく、体当たりの「誠意」だと思った。 「ジャックさん。妹さんの話を聞いてもいいですか」 「断る」 「妹さんとはおいくつ離れてるんですか?」 「断ると言っただろう。やめてくれ」 「……すみません」  携帯用の素っ気ない食事を頬張りながら、クリンはしゅんとなりそうな心に喝を入れて、気合を入れ直した。 「じゃあ僕と弟の話を聞いてください。セナは僕が一歳の時に引き取られてきたんですけど、ランジェストン家にやってきた日を誕生日に設定してるんですよ。これって両親が見つかって誕生日がわかったら、お祝いする日も変わっちゃうんですかね」 「さらっと重たい話をするな……」 「ジャックさんならどうします?」 「どっちも祝えばいいだろう」 「なるほど、それは名案だ」  ごくっと水を飲んで、ジャックとの会話のラリーが続いていることにホッとしながら、クリンはとにかくコミュニケーションを続ける。 「そういえばジャックさんのお誕生日はいつなんですか?」 「俺の話はいい」 「お祝いしたいんですよ。させてください」 「今年はもう終わった」 「じゃあ来年だ。ちなみに僕の誕生日はあと三週間後なんです」  ジャックのつれない返事をさらっと聞き流しながら、クリンは水の入ったボトルに視線を落とした。 「毎年家族そろってお祝いしてくれるんですけど、僕は誕生日って両親に感謝をする日だと思うんですよね。だから毎年何か親孝行を考えるんです。でも、今年は両親にお礼ができないので、それだけは申し訳ないです」 「手紙を書けばいいだろう」 「そっか……じゃあそうします。ジャックさんは、ご両親にちゃんと会ってますか?」 「……」 「妹さんのこと、ご両親とどんなふうに話していますか?」  怒られることを覚悟で、ずかずかと相手の領域に踏み込んでみた。  さすがにやりすぎかなぁとビクビクしながらも、怒りでもいいから、冷たく固まってしまったジャックの心を動かしたかった。  ジャックは怒らなかった。  だが、次の言葉はさすがに重たい罪悪感をクリンへ与えた。   「両親は十年前に帝国軍に殺されたよ」 「……」 「まあ、妹を虐待するようなひどい親だった。生きていても妹のことを話せるような親ではなかったな」 「……ごめんなさい」 「だからこそ俺だけは妹を守ってやりたかった。どうだ? 人の傷口に塩をぬれて満足か」 「本当に……ごめんなさい」  何度謝ってもこの罪悪感が拭われることはないだろう。  ただ彼を説得したかっただけなのに、逆に彼の深い孤独を思い知らされてしまっただけだった。しかも彼の傷口を広げるという最悪の形で。  うつむいてしまったクリンを横目に、ジャックは言った。 「無意味だろう、こんな会話。互いに疲れるだけだ」 「……それでも、僕はジャックさんと話がしたいです」 「俺はもっと君が苦手になりそうだよ」 「僕は好きですよ。ジャックさんみたいな兄が欲しかった」 「ごめんだな、こんな性格の悪い弟」  ジャックは早々に食事を切り上げて、クリンのそばを離れた。  クリンは追えなかった。  彼の背中に見えない壁を感じて、その拒絶の強さに心がぺしゃんこになってしまいそうだったから。  それでも、あきらめたくはない。  クリンは折れてしまいそうな心をなんとか立て直して、最後の一口を飲み込んだ。
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