第十六話 セナのいない旅

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 その日の夜、熱もすっかり下がったミサキは行動を起こした。  いつものように人目につかない場所で野宿をすることになり、クリンたち三人は外へ、ジャックは客車へ解散となった時。 「ジャックさん。今夜は一緒に夕飯を囲みませんか」  そう声をかけたのは、ミサキ本人だった。  当然、クリンとマリアは驚き、ジャックは眉をひそめる。  ミサキは仲間二人のそばから離れ、客車に乗り込もうとしていたジャックに歩み寄った。剣を抜けば届くくらいの近距離である。 「何を企んでる?」 「思えば、ゆっくり会話をしたことはなかったなと思いまして」 「自分の首を狙っている相手と仲良くおしゃべりか? ずいぶんと余裕だな」 「あなたはそれを狩る立場なのに、ちっとも余裕がなさそうですね」 「……なんだと」  ジャックの目がぎろりと光って、うしろで見守りながらクリンとマリアはハラハラした。  だが、ミサキは怯んだりはしなかった。 「あなたが私を憎んでいらっしゃることは、よくわかりました。ですが、私は身に覚えのないことで殺されるなんてまっぴらです」 「おまえもクリンと同様に俺を説得しようというのか。無駄なことだ、やめておけ」 「もとよりそのつもりはありません。私はただ、ミランシャ皇女のことや、あなたの話を聞きたいのです」 「……」 「なぜ、私は馬車で襲われたんですか。私はどこへ行くつもりだったのでしょうか? あなたの与している組織は、同盟阻止という目的を持ちながらなぜ私を狙っているのでしょう。シグルスは生物兵器を作り上げて一体何をするつもりなのですか? 私は、その兵器のことをなんとおっしゃっていましたか? わからないことが多すぎるんです」 「……」 「何も知らないまま死にたくなんてありません。あなたも、私に記憶を戻してほしいのでは? 互いに有益だと思いますが」  ジャックはミサキの真意を探るべく、じっと彼女を見つめた。  こちらを見つめるその瞳は、熱を出して倒れる前の彼女のそれとずいぶん違って見える。だが胸のところで組んだ両の手は小刻みに震えており、彼女が小さな恐怖と戦っていることがわかって、ますます理由がわからなくなる。  考えた結果、その挑戦を受けて立つことにした。 「私がシグルスの大統領子息と、結婚……」 「正式には婚約だな。帝国法には定められていないが、シグルス側は女性の結婚できる年齢を十五と定めている。当時十二だったミランシャ皇女はその年齢に達していなかった」 「……私はその子息との婚約に、賛成したんですね」 「ミサキ、その人のことは何か覚えてたりしないの?」  マリアの質問に、ミサキはふるふると首を振った。  日は落ちて、ランタンの灯りが四人の中心でゆらゆら揺れている。  ギンがセナへ話したものとほぼ同じ内容を、三人はジャックから聞いたところだった。  ミサキが同盟締結のためにシグルスの権力者と婚姻させられる予定だったこと、それを阻止するために組織が馬車を襲ったこと、そしてジャックが帝国のレジスタンスに与していることも、ここに来てわかった事実だった。  夕食はとっくに食べ終えたというのに、その長い話にジャックもなかなか客車へ戻ることができずにいる。  結婚か。  黙って彼女の婚約話を聞いていたクリンは、「十二歳の子どもを政治に利用するなんて人権侵害もいいところだろ」とハラワタが煮え繰り返る思いだったが、それ以外に余計な感情すら表に出てしまいそうで、ただ沈黙を決め込んでいた。  その間にも、ミサキとジャックの問答は続く。 「シグルスの大統領子息は、どんな方なのですか?」 「たしか皇女の五つ上、今は二十二だったかな。父親の地盤を継ぐべく政治を学んでいるらしい。組織の情報では、生物兵器の開発は子息が積極的に進めているみたいだな。まだ議員でもないのに立派なものだと、関係者の評価はなかなかのものだが」 「政治的な立場としてはまだ発展途上ということでしょうか」 「そうだな。国民の評判も、まずまずといったところだな。女性受けは悪くはないみたいだが」  へー、モテるんだぁ……と思わずもらしたマリアに、ジャックはそういえば、と言った。 「シグルス国内の聖女反対運動、あれは子息が扇動していたな」 「あ、決定。最悪だわソイツ」  マリアは会ったこともないのにさっさと敵認定してしまったようで、「やめときなよミサキ」と説得に入る始末である。  ミサキはといえば反応に困りつつマリアの仕草に微笑み、クリンは無言で聞き流していた。  次の質問をぶつけたのもミサキだ。 「ミランシャ皇女はその男性と婚約して、同盟を押し進めようとしていた、と……」 「そうらしいな」 「では、帝国とシグルスは同盟を結んでまで生物兵器を作って、いったい何をしようとしているのでしょう?」 「……」  続いての質問に、ジャックは答えに迷ったのかふとマリアへと視線を辿った。その真意がわからず、当然マリアは首をかしげる。 「はっきりと断言できないが……。おそらく、帝国の聖女撲滅運動とシグルスの聖女反対運動につながりがあるのだと思う。少なくとも、組織はそう考えている」 「……」  三人は顔を見合わせて、それぞれがその顔をこわばらせた。 「魔女狩り……」  ぽつりとつぶやいたのはマリアだった。  全員がその言葉に、難しい顔を浮かべる。
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