第十六話 セナのいない旅

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 魔女狩り。  クリンもその言葉は知っていた。それは田舎の学校ですら習う有名な話だったからだ。  大昔、聖女の子孫と言われている魔女はその力の強さから恐れられ、世界中が彼女たちを殲滅(せんめつ)しようと躍起になった。それが魔女狩りである。  激化する悲劇の中、立ち上がったのは現在のプレミネンス教会創立者と言われる同じ魔女。  彼女は教国を立ち上げ大きな結界を張って魔女を保護し、魔女たちにその力を正しく使用するよう導いた。魔女たちはやがて疫病・貧困・天災・戦争などさまざまな問題からその力で民を救うようになり、徐々に世界は魔女を受け入れるようになった。彼女のおかげで魔女は聖女となり、この世界に共存することを許されたのである。 「帝国とシグルスは、再び魔女狩りを行いたいのかしら」  低くなったミサキの声に、マリアとクリンは顔をしかめながら首をかしげた。  両国の真意はわからないが、もし本当ならそれは「危険思想」ではないだろうか。ジャックたち組織が防ごうとするならば、そちらのほうが正義なのでは。そう思ってしまうほどに。 「俺たちレジスタンスの人間は、みんな帝国のせいで領土を奪われたり家族を殺された奴らだ。これ以上の悲劇を繰り返さないために、悪の芽は摘まなければならない。国を滅ぼすなんてたいそうなことは望んでないんだ。ただ、危険な兵器を生み出して罪のない人間を殺そうとするならば、その計画は止めなければならない」  ジャックはカチャリと剣を握った。 「ミランシャ皇女、おまえは悪側の人間だ」  ミサキはジャックの言葉を静かに聞きながら、何度かまばたきを繰り返した。 「すぐに剣を握るの、やめてください。冷静な話し合いになりません」 「抜かないだけありがたいと思え」 「そちらこそ、逃げないだけありがたいと思ってくださいね」 「なんだと」 「丸腰の女の子相手に剣を見せびらかして、恥ずかしくないのですか。それはあなたの故郷を奪った帝国軍とどう違うのかしら」 「……」  よほど悔しいのだろう、眉間に深いしわを作りながら、それでもジャックは冷静さを保って剣から手を離した。  マリアは二人を交互に見比べ、おろおろしている。その横で、ミサキは再びジャックへ尋ねた。 「もう一度確認したいのですが。ミランシャ皇女は、大統領子息との婚姻に賛成し、生物兵器の開発を支持していた。間違いありませんか」 「何度もそうだと言っているだろう」 「では、それは私ではありません」 「……」  はあ? と、ぐっと低くなったジャックの声が響く。 「私は記憶の断片で、生物兵器を止めようと思っていました。南シグルスで研究施設を眺めた時も、嫌な感情と悪い予感を覚えていたんです。聖女撲滅運動のことはわかりませんが、少なくとも生物兵器に関しては否定的な記憶しかありません」 「それは現在の意思と記憶が混同して、そう錯覚しているだけなのではないか」 「……絶対に違うとは言いませんが、過去の記憶がどうであれ、今の私は生物兵器を作ることなんて認めません。記憶が戻っても、私はその意思を貫きます」  ミサキの言いたいことを汲み取ったのか、ジャックはハッと鼻で笑った。 「だから俺に殺されたくないと? 論点をすり替えるなよ。お前が俺の妹の首を見て喜んでいた事実は変わらない」 「私はそんなこと絶対に望みません。だからそれは私じゃありません」 「記憶が戻ったのか?」 「いいえ。でも私は私を信じます」 「話にならない」  忌々しそうに吐き捨てて、ジャックは立ち上がる。話は終わりだと言わんばかりに、背を向けて客車に戻っていった。  ジャックがその場からいなくなったことでようやく緊張感が薄れ、マリアはほうっとため息をついた。  が、もっと安堵したのは意外にもミサキのほうである。 「こ、怖かった……」 「え」  ヘナヘナ、と脱力するミサキを見て、マリアはぽかんとする。緊張の糸が切れたのか、ミサキはガタガタと手を震わせていた。 「殺されるかと思ったわ……」 「えー……あれだけ喧嘩をふっかけといて」 「人聞き悪いわね、今までずうっとふっかけてきてたのはあっちのほうじゃない。私は受けて立っただけよ」  いまだ震えがおさまらないミサキを気遣って、マリアはリュックから小鍋を取り出し、温かい紅茶を作り始めた。コーヒー派のクリンに対し、ミサキは紅茶派なのだ。ちなみにマリアとセナは飲めればなんでもいい派だ。  そういえばシグルスに到着した時、セナが名産品の炭酸ガスが入ったジュースを飲んで「んめーっ」と大喜びしていたなと思い出し、マリアはくすりと笑った。  そんな彼女たちのそばで、クリンはランタンの灯りに視線を落としたまま沈黙を守っていた。膨大な情報量を頭の中で整理しながら、こめかみがズキッと痛むのを感じた。 「クリンさん、勝手なことをしてすみませんでした」 「え?」  ボーッとしていたところを現実に戻されて顔をあげれば、ミサキが遠慮がちにこちらを見ている。 「クリンさんがせっかくジャックさんに歩み寄っていたのに、私のせいでますます心を閉ざしてしまうかもしれません」 「ああ……。いや、大丈夫だよ。ミサキのおかげで色々情報が入ったわけだし。怖かったろ? 勇気があるんだな」 「ふふ。がんばりました」  ここ最近では久しく見られなかった彼女の微笑みを受けて、クリンは小さな安堵を感じつつもゆっくりと視線をそらした。  そこへ「できたよ〜」と、マリアが紅茶を配ってくれて、さっそく頂戴することに。 「ん。ごほっ」 「大丈夫ですか?」 「ん。湯気でむせただけ」  コンコン咳き込みながら、二人のほうに飛沫をかけないよう横を向く。紅茶は冷えた体を温めてくれた。  あいかわらずフーフーしながらカップを傾けるマリアを微笑ましく感じながら、クリンは暗くなった空を見上げた。 「明日だ」  思わず独りごちたその言葉だったが、マリアとミサキも瞬時に意味を理解してくれたようで、優しい笑顔を浮かべてくれた。 「明日ですね」 「なんか、静かだったよねぇ」  こちらも微笑みで返して、紅茶を一口すする。  明日の正午、セナが帰ってくる。
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