第十七話 六つ目の巡礼

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第十七話 六つ目の巡礼

 623e3cc2-110c-4a13-af3b-a2bbd8bca7e3   いよいよ教会のある都市へやってきた。  マリアにとって六つ目の巡礼の地である。  首都から離れてはいるが北シグルスを支える主要都市に位置しているため、町中は活気にあふれていた。  マリアはクリンにどうしてもと説得されたため渋々ペンダントを隠し、ミサキは髪の毛が見えないようお団子に結んで、深いフードをかぶり、目から下を布で隠している。港町が近いためここも旅人が多く、この人混みの中で皇女と気づかれる可能性は低いだろう。  まずジャックが馬車を売り払い、その後はクリンの用事で郵便屋へ赴く。  前回、南シグルスでコリンナ宛へ手紙を送った時に、次はここへ立ち寄ると報告していたのだ。自分あての手紙はないか尋ねると、案の定コリンナから手紙が届いていた。  残念ながらセナの血液に含まれている新しい物質に関しては、まったく進展が得られていないようだ。  しかし一つだけ、大きな話題があった。クリンの父であるハロルド・ランジェストンからコリンナのもとへ手紙が届いたというのだ。ここに、その手紙が同封されている。 『コリンナへ  久しぶりの連絡に驚いている。元気そうで何よりだ。息子たちが世話になったそうだな。改めて礼を言いたい。  さて。無理を承知の上で、君にぜひ頼みたいことがある。  その研究から手を引いてくれ。  これは医者としてではなく、一人の父親としての頼みだ。どうか子どもたちを想う親心を(おもんばか)ってはくれないだろうか。良い返事を期待している。  ハロルド・ランジェストン』 「……」  父の筆跡を見ていると声まで脳内再生されて郷愁にふけりつつ、手紙の内容に落胆を覚える。やはり父は何か知っていてそれを隠していた。  研究から手を引け……か。と、心の中でつぶやいた時、頭痛がしてこめかみをおさえた。  コリンナはなんて返事をしたのだろうか。きっと彼女のことだから『それはできない』とつっぱねてくれたことだろう。  そう期待しつつ、クリンはもらった手紙を丁寧にたたみ、日記帳にはさんだ。 「お父君に手紙をしたためたらどうだ。元気でやっていることだけでも知れたら喜ぶだろう」 「……」  隣で様子を見ていたジャックがそんなことを言うものだから、驚きと多少の喜びを感じつつクリンは首を振った。 「誕生日までは我慢します」 「そうか」  ジャックはそれ以上言わなかった。  彼が語った両親の話を思い出して少しの罪悪感を感じはしたが、それを態度に出すのは失礼だと思って、クリンはそのまま郵便屋をあとにした。 「ケホッ……」 「クリンさん、さっきも咳き込んでましたね。風邪ですか?」 「んーん。さっき水飲んだ時に変なところに入っただけ」 「……」  もうすぐ約束の正午になる。  あまり市街地をウロウロしたくないので、一行は郵便屋を出てすぐに教会へ向かった。  だが遠目から教会の様子を見ればそこに異変を感じ取り、一行は足を止めて茂みに隠れることになってしまった。 「デモンストレーションだな」 「えー……」  教会にはちらほらと人の姿があった。大きなプラカードを掲げて教会を取り囲み、口々に怒号を発していた。  こんな遠くでも聞こえてきた「出ていけ」という声に、クリンはマリアを案じる。彼女は悔しそうに下唇を噛んでそれを見つめていた。  以前、船の中で読んだ新聞記事を思い出した。  政府が教会への立ち退きと土地の返還を求める予定とあったが、現在ではまだ強行されていないようだ。教会を取り囲む人々の中にシグルスの兵士や役人はおらず、一般の住民が任意で行っているデモンストレーションなのだろう。  政府関係者がいないのなら、ミサキの存在に気づかれる心配は少ない。だが、できることなら人目を避けて教会に入りたいところである。  茂みから様子を眺めながら、ミサキはクリンに尋ねた。 「どうします?」 「穏便にいきたいよね」 「というと?」 「お天道様にお願いしよっか」  クリンの案に、ミサキは意味を理解したのか「なるほど」とマリアを見た。マリアは意味もわからずきょとんとしていたが。  快晴とまでは言えなかった青空に突然現れた雨雲は、その都市を雨で濡らした。けたたましい音で雷鳴が鳴り響く。予想外の悪しき天候に人々はなすすべもなく、散り散りになって屋内へと消えていった。当然、教会周辺は人っ子ひとりいなくなったのだった。  もちろん、マリアの術が起こしたものである。  まさか雨ひとつでここまでうまく事が運ぶとは思ってなかったため、クリンは拍子抜けしながらも「ラッキー」と悪い笑みを浮かべた。  それを見て、マリアは思った。聖女が教会に管理されているのはこういう悪巧みを考える人がいるからだな、と。 「さ、そろそろセナを迎えに行く時間だ。教会に入れてもらおう」  教会に近づけば、住民が落としていったプラカードが目に入った。 『不気味なチカラを許すな』 『シグルスにお前たちはいらない』   そのひどい中傷に、ジャックは何か言いたそうにミサキを眺めていたが、ミサキは無視を決め込む。  そのプラカードを横切る時、マリアが目を伏せて悲しそうに笑ったので、クリンは彼女の背を強く押してさっさと歩かせた。  教会は前回の巡礼と違って門や庭などもなく、建物もさほど大きくはなかったが、シンプルで小綺麗な印象を受けた。  雨に打たれながら、クリンはぶるっと体を震わせた。これは本格的にまずいかなぁと考えながら教会を見上げた、その時だった。 「危ない!」  クリンめがけて斜め横から何かが飛んできたと思ったら、とっさにジャックが前に出てそれを剣で弾いていた。  足元に転がったそれを見れば、小型のナイフだった。
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