第二話 振るうなら

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 二人の男を地面に叩きつけたところで、セナは物足りなさを覚えて舌打ちをした。  そこへ三人目の男が背後から殴りかかってきたので、ひょいと横によけると、正面から迫る四人目の男がちょうどナイフを振り下ろしたところだった。味方同士派手にぶつかった二人に、セナのかかと落としが追い討ちをかける。  ──足りない。  横からスキをついた五人目の攻撃が振りかかる。力任せに振り下ろされた鉄パイプが鈍い音を立ててセナの頭に直撃し、セナはやっと動きを止めた。   「へへへっ」 「痛ってぇ……」  ぽた、と。地面に血が滴る。  ──足りない。もっとだ。  痛みは確かに感じているはずなのに、左のこめかみを通過する真っ赤な液体に触れたとき、望んだのはさらなる充足感だった。  動きを止めたセナに、残された五人目の男は追い討ちをかけるべく、先ほどと同じように鉄パイプを振りかぶった。しかしそれが振り下ろされるよりも先にセナは反撃に出て、男の腹に肘鉄を入れる。男は呻き声と共によろめいたが、倒れることはなかった。どうやら頭への一撃が、セナの力を半減させてしまったらしい。  それでも、セナの表情には笑みが浮かんでいた。  全然足りない。  もっと、もっとだ。  もっと楽しませてくれよ。  渇望とともに男に向かって笑みを向けると、男は本能で危険を察知したのか、ぞくりと体を震わせた。一歩、二歩と後退る、そんな男を逃すまいと、セナは突進する。男の肩を(つか)みそのまま地面に押し倒すと、馬乗りになって男の顔面を殴りつけた。  一発、二発。  何度も何度も拳を振り上げる。  足りない、足りないと、乾きを叫びながら。   「そのへんにしておけ。殺したいのか」 「!」  その拳を、止めた者がいた。  無遠慮に掴まれた腕に他人の体温を知り、わずらわしさを感じてセナは振り解こうとした。が、その手はビクともせずに、自分の腕を掴んで離さなかった。  言葉にならない怒りがわきあがり、ようやく声の主を睨み上げる。  四十代くらいだろうか。ずいぶんと筋肉質で、無精髭をはやした精悍な顔つきの男だった。バンダナの巻かれた緑色の短髪に、こげ茶色の瞳。その瞳の中に映る自分の姿を発見して、セナはようやく自分が興奮状態であったことを自覚した。 「あ……?」  それからゆっくり視線をさ迷わせ、惨状を把握する。地面にひれ伏した五人の大柄な男たちは、皆それぞれ血を流していたり、四肢が変な方向に折れ曲がっていたりと、大怪我を負っているようだ。  そして目線を下げれば、組み敷いた男の、血に塗れた顔面が。  そうだ。自分は、戦意喪失して逃げようとした男を、思いのままに殴り続けていたのだ。相手が気を失っていることにすら気づかずに。   「セナ!」  聞き慣れた呼び声にハッと顔を上げれば、いつの間にか周囲には人だかりができていたようだ。その野次馬たちをかきわけるようにして、聞き慣れた声の主が姿を現す。 「クリン……」 「セナ……」  兄は自分の姿をとらえ、悲痛な面持ちを浮かべていた。その表情を見て、セナは自分が大きな罪を犯してしまったことに気付いた。  宿はキャンセルとなった。  クリンとセナは、夕暮れを背に黙々と歩く男の後ろ姿を追っていた。兄弟の間に、会話はない。セナの頭の傷はクリンが手当てした。  男はどんどん都心から離れていくようだ。先ほどから舗装されていない小道と青々と茂る草原の景色が続いている。  やがて男の目的地へたどりついた頃には、夕陽はほとんど沈みかけていた。 「ちょっと騒がしいのがいるけど、まあ気にすんな」  そう言って顎で示したのは、畑と草原に囲まれた、コテージのような小さな家屋。  男はコン、コンコンコンと、聞き慣れないリズムで扉をノックした。すると家の中からパタパタと足音が聞こえてきて、勢いよく開いたドアの向こうから、幼い少女が飛び出してきたではないか。 「パパー、おかえり!」 「おお、ただいまナターシャ」  男と同じ髪色をした少女は、ぴょんっと男に飛びついたあと、見知らぬ来客がいることに気付き、ぴたりと硬直してしまった。 「おかえりなさい。あら……そちらの子たちは?」  次に出迎えたのは三十代くらいの女性。淡い桃色の髪を後ろでひとつにまとめ、赤いエプロンを身につけている。 「ただいま、シーラ。急ですまないが、客なんだ。手伝ってくれるか」  男が申し訳なさそうに頭をかくと、シーラと呼ばれた女性はクリンとセナを見比べ、にこっと微笑んだ。 「もちろん大歓迎よ。いらっしゃい」  その柔らかな笑顔を受けて、なぜか母を思い出し、クリンは少し泣きそうになってしまった。  
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