第十七話 六つ目の巡礼

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 その違和感の正体にジャックが気づいたのは、セナの騎士姿を目にしてからだった。  さっそく儀式を行うことになり、セナは騎士としての役目を負うためすぐに着替え始めた。  前回の服は焼け、剣も折れてしまったので、なんとギンが一式購入してくれたものだ。  セナの長所に合わせて身動きの取りやすさを重視し、どうせ汚すだろうということで黒ベースに金と赤の差し色を入れたカラーコーディネートにした。なぜ赤かという理由は、隣に聖女が並べばわかることである。  が、ジャックが注目したのはその服装ではない。  正確には、腰に帯びた黒いダガーだ。短刀にしては長くショートソードにしては短いそれは、いっさいの無駄が感じられず、機能性を最重視した造りだった。そのシンプルな細長いダガーには見覚えがある。 「なるほど。ギンさんか」  それはかつて共に戦った仲間が装備していた珍しい武器だった。  仲間内でも一・二を争うほど武に長けた彼はさまざまな武器を駆使していたが、そのダガーを持った彼だけは誰にも止めることができなかった。とにかく俊敏で、そのくせ一撃が重いのである。 「彼を師事したのか……」  突然いなくなったと思ったら、おそらくこの弟はギンのもとで修行をしていたのだろう。  とは言え、たった一週間やそこらで彼のすべては奪えまい。セナが自分の前に立ちはだかったとしても、自分の復讐になんら影響はないはずだ。  だが厄介なのは、受け継がれたであろう彼の「(こころざし)」である。 『殺すな』 『まだ戻れる。お前はこっち側に来ちゃいけない』 『たとえ奪われたとしても、奪う権利は誰にも与えられない、永久にだ』  何度も自分を光の道に戻そうとした彼の言葉を、今後そのダガーを見るたびに思い出させられるのだろう。 「厄介なことをしてくれた」  うんざりしてダガーから目をそらせば、セナはそのダガーに手を添えて不敵に笑った。  さすがのマリアも「これは変だな」と気づいてしまった。  はじめは案内を申し出てくれた人の、あまりの丁寧さに驚き、長い廊下を歩けば、ほとんどの教会の者が足を止めてうやうやしく頭を下げてくる。ここまで手厚い歓迎は六つあった巡礼でも初めてのことだ。  彼らから敵意はまったく感じられず、どちらかと言えば敬意に近いような気さえするが、どちらにせよ居心地のいいものとは言えない。  ちらりと隣にいるセナを見上げれば視線に気づいたのか普段どおりの表情を返してくれたので、少しだけホッとした。 「あ、あの」 「はい」 「ここにアレイナ・ロザウェル嬢はいらっしゃいましたか」  少しでも緊張をとくため、マリアは案内人の女性に尋ねる。 「ええ、ずいぶん前にいらっしゃいましたよ。まだデモンストレーションも起こる前でした」 「そうでしたか。それで、アレイナは」 「はい。無事に儀式を終えられて、次の巡礼へと旅立たれました」 「それはよかったです」 「あ、でも……」 「え?」 「いえ、なんでもありません。忘れてください」  おそらく無意識に放たれであろう案内人の意味深な言葉に、マリアは首を傾げた。しかし、彼女がそれ以上を語ろうとはしなかったのでこの話は終わりを迎えた。  案内された神父の部屋で、マリアはまた新たな違和感を知るのであった。 「お待たせして申し訳ありません。マリア・クラークスと申します」 「よくここまでいらっしゃいました、聖女様。そして青き騎士殿。教会一同が貴殿をお待ちしておりましたよ」 「……え」  神父の視線をたどれば、自分より興味を示したのはセナのほうだった。セナは表情をそのままにぺこりとだけ頭を下げている。 「司教様からお伺いして、この日が来るのを待ち望んでおりました。おお、やはり良く似ていらっしゃる」 「へえ。手厚く歓迎するようにとでも言われたのか」 「もとより。先日プレミネンス教会は、青き騎士殿の復活を世界中へ発信しました。貴殿の存在は教会の一縷(いちる)の望み、もてなすのは当然のことでございます」 「ふーん」 「どうか必ずや本懐をお遂げください。世界に平和と安寧を」 「……」  セナはイエスともノーとも言わず、ただ笑顔を貼り付けるだけ。  そのやりとりを蚊帳の外で聞いていたマリアは、先ほどから感じていた視線はすべてセナ一人に向けられていたのだと気がついた。だが、その理由がわからなかった。  司教がセナのことを青き騎士と呼んだのは知っているが、復活(・・)とはいったいどういう意味なのか。  そもそもセナが騎士になったことを、なぜプレミネンス教会が知っているのだろう。彼は自分が誘ったからついてきてくれただけなのに。  不安にかられながらセナを見上げれば、その横顔にはまったく動揺が見られず、つまり自分の知らないところで何かが起こっているというのだけはわかった。
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