第十七話 六つ目の巡礼

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   試練の間を過ぎたマリアたちは、泉の儀式も滞りなく成功させた。  その時に放った光はまたしても凄まじい強さで、おそらくこの都市だけではなく近隣の町にまで届いたことだろう。  神父は二人があまりにも早く試練から戻ってきたことに驚きを隠せないようだった。 「さすが青き騎士殿。血は争えませんな」  セナの手を取って泉から立ち上がったマリアの表情は、浮かないものだった。  が、かける言葉が思いつかず、セナは神父との会話に逃げることにした。ちょうどいいので少しでも情報を手に入れたいところだ。 「そりゃどうも。でも、俺たちのほうが早かっただろ?」 「ええ。おそらくは史上最短記録かと。ですが、お父君とリヴァル様もなかなかだったと記憶しております」 「……へえ」  ビンゴ。やはり実父は聖女の騎士だった。そして、ここに来たことがある。  おそらくリヴァル様というのが父の仕えた聖女なのだろう。 「マリア様のお力も想像以上でした。お二人ならば必ずや成し遂げてくださるでしょう。どうかリヴァル様をお救いください」 「……」  どういう意味だ?  と思いつつ、今さら聞ける雰囲気でもないので小さくうなずくだけにとどめておく。    会話の内容を黙って聞いていたマリアが不安げに見上げてきたので、セナは話を切り上げ儀式の間をあとにした。  控えの間へ戻る二人きりの廊下で、マリアは唇を尖らせていた。 「なんか、すごく腑に落ちないんだけど」 「あー」 「……セナのお父さんって、騎士なの?」 「そーみたい」 「セナはなんで知ってるの? いつ知ったの?」 「んー」 「それに青の騎士の復活ってどういうこと? リヴァル様って誰? お救いってなんのこと?」 「多い多い」 「さっきの聖石の浄化はどうして? セナには聖女の力があるの? 何か隠してるんでしょ。教えてよ」 「とりあえず着替えてこいよ」  会話をしているうちに控えの間についてしまったので、セナとマリアは足を止めた。  ここで話せるほど簡潔な内容ではないと思っての言葉だったが、マリアは誤魔化されたと感じたのか、不満をあらわにした。 「セナって、わかんないことだらけだ。なんか……」 「……」  どの言葉を言えば正しいのか選び兼ねているのか、言い(よど)んでうつむいている。  彼女の戸惑いは理解できるが、セナだって度重なる不可解な状況に余裕があるわけではない。 「俺がわかんないことだらけなのは、生まれた時からだし」 「……っ」  あ、やばい傷つけた。    マリアの顔がクシャッと歪んでしまったので、直視することに耐えられず、彼女を控えの間に押し込む。  閉じたドアに額をつけて、自身の情けなさを痛感しつつ猛省した。  先程の質問の、半分以上は当の自分ですら答えられないものだった。  だからと言って今の自虐的な言葉は、ただ相手に罪悪感を与えて黙らせただけの、誠意のないやり方だ。 「ごめん。あとでちゃんと話すから」  ドア越しに謝れば、「あたしもごめんね」と、しょんぼりとした声が返ってくる。  セナはドアに寄りかかったまま「精神的な修行も必要だったかな」と小さく苦笑した。  一度クリンの部屋へ戻ってみれば彼の体調はあいかわらずで、今後の見通しが立たなそうだったため、セナとマリアは二人で町をぶらぶら散歩していた。  デモンストレーションが再び起こらないよう、またしても雨の術を発動させたせいか、町を行き交う人は少ない。マリアのペンダントに気づく者もそう多くはなさそうだ。  二人はフードをかぶり雨の町を並んで歩いた。 「ん」 「わー、おいしそう」  セナの食のアンテナは相変わらずで、露店で売られていたトルネード状に串刺しされた揚げ芋を渡せば、マリアは目を輝かせて受け取る。雨で濡れてしまうのはもったいないので、空は小雨に変えた。  ゆっくり歩きながら、話を切り出したのはマリアのほうから。 「セナは、司教様と何かお話をされたの?」 「……正解」 「いつ?」 「ゲミアの里で」 「ああ、あの時かぁ」  相づちを打ちながら、マリアはちらりとセナを見上げた。その時のことを話せという催促だろう。 「司教は、俺の実父に用があるみたいでさ。どこにいるのかって聞かれたから、知らないって答えた」 「……それで?」 「騎士として巡礼を続けてくれないかって、お願いされた」 「なんで?」 「たぶん、父親をおびきだそうとしてるんだと思う。さっき神父が世界中に発信したって言ってたのも、それかなって」 「『青き騎士の復活』って、やつ?」 「うん。でも俺が知ってるのは本当にそれくらいだよ。父親が仕えてた聖女のこととか、司教が父親に会って何がしたいのかも全然わかんないし……」 「ふぅん」  マリアは空を見上げた。  小雨がパラパラと降り注ぎ、その頬を濡らせていく。 「あのさ」 「ん?」 「俺は別に司教に頼まれたから騎士になったわけじゃないから。いや実際はそうなんだけど。そりゃ父親のこととか色々と理由は重なったけど、おまえに声かけられたのが一番大きかったっていうか、なんていうか、うん」 「……」 「だから内緒にしてた。なんか誤解されても嫌だったし」 「ふーん」 「ふーんて」  セナにとってはけっこう勇気のいった言葉だったのだが、相方の返事はそっけなかった。 「あたしが気になってるのは、セナの不思議な力のことだよ。怪我を治した聖女の光とか、聖石の浄化とか……なんでかなって」 「あー。それは俺も知らない」  内心がっくりしながらも、なんとか気を持ち直して平静を装う。  そんなセナにはまったく気づくはずもなく、マリアはうーんと考え込んでいる。 「もしかしたら何か特例的なことが起こって、聖女から生まれたりしたのかな。それとも聖女の突然変異なのかも? 男バージョン第一号みたいな」 「えー、俺やだよ。プレミネンスに捕獲されんの」 「捕獲ぅ? 失礼ね」  と頬を膨らませながら、あとから笑いがこみあげたのか、マリアはぶっと吹き出した。 「捕獲って……。ほんと発想がサル。くくく」 「るせーな。食うぞ」 「あー、あたしの!」  いつまでも笑っているマリアの手から、食べかけの揚げ芋にかじりつく。   「ったく。自分のことなのにノンキね、あんたは」 「なるようにしかならねーもん」 「ふふ」  もう一度揚げ芋を食べようと口を開けた時、彼女の笑い声がおりてきてセナはぴたりと硬直してしまった。 「セナ、さっきはひどいこと言ってごめんね。試練の時にセナにばっかりいいところ見せられて、ちょっと拗ねちゃった。聖石の浄化はあたしの特権だと思ってたのに」 「……あー。あれは、俺もごめ」 「謝んないで」 「ふぐっ」  謝ろうとした口へ揚げ芋を突っ込まれ、それは喉まで入り込んでしまった。 「次が最後の巡礼だね。その時はあたしのほうが活躍してみせるから。セナには負けないよっ」 「……」  ゲホゲホと咳き込みながら、文句を言ってやろうと思ったのに。彼女のとびきりの笑顔を前に、けっきょくセナは何も言い返せず敗北感を味わうのだった。
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