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第十八話 三つ巴
ソレが現れたのは、翌日の午後だった。
クリンの熱は相変わらず高いままで、咳は悪化し、とてもじゃないが旅立てる状態ではなかったため、一行は教会にとどまることになった。
その間に、クリンはなんとか重たい頭に喝を入れて、一週間離れていたセナと二人きりで情報共有をした。それが午前中のことである。
まずはクリンのほうから、ジャックとのやりとりや、馬車で帝国の者に襲われたことなどを報告した。
それからコリンナの手紙に同封された父からの手紙を見せると、セナは興味なさそうに「ふーん」とだけ言ってそれを返してきた。彼にとっては予想通りだったようだ。
次は弟の話である。
ギンのもとで修行をしてきたと告げられて、彼の一週間にもちゃんと意味があったのだと知った。
たしかに、帰ってきてからのセナはどこか雰囲気というか、風格が違って見えるような。……背が伸びたような。いや、それは気のせいだと思おう。
「ギンさんって、喧嘩強いのか?」
「強いなんてもんじゃねえよ。俺の体質なんて、おっさんに比べたら大したことねーわ」
「へえ。たしかジャックさんの組織の副隊長だったんだっけ」
「だな。まあ、袂を分かつことになって、おっさんの穏便派は解散しちまったみたいだけど。ちなみにミサキの馬車を襲ったのは過激派だからおっさんは関わってないぜ」
「そっか。それにしても……穏便派、か。レジスタンスも一筋縄じゃなかったってことか……」
レジスタンスの話と言えば、この教会に辿り着いた時にクリンたちを襲った男はどれだけ説得しても納得してくれなかったので、セナの発案で、彼を遠く離れた場所──南シグルスまで強制連行した。もちろん利用したのはマリアの術である。
ジャックは最後まで反対したが、兄を怪我させられた弟を前にして強く出ることはできず。戻ってきたセナとマリアを見て一言、「これで俺は組織の裏切り者だ」と毒づいていた。
それから巡礼の話に移った。試練の間で聖石の浄化をほとんどセナが施してしまったという話には、さすがに驚いてしまった。その時の様子を聞き終えても、謎は深まるばかりである。
たしかに、マリアが予想したらしい「聖女の子ども例外説」と「聖女男子版第一号説」は、大いにありえるかもしれない。
だが、セナの凶暴化についての謎は説明がつかない。次の巡礼で何かがわかればいいのだが。
そこまで話し続けると、さすがにクリンの体力がもたなかった。そのまま沈むように眠ってしまって話し合いは終わった。
そこからしばらく経ってからのことだった。
昼餉をすませて交代でクリンの看病に徹していた一行は、ソレの甲高い鳴き声に息を飲んだ。
と当時に起こる悲鳴の数々。
窓を開ければ、空に一羽の鳥が浮かんでいるのが見える。
「なんだ、あれ?」
「人みたい……」
セナとマリアは同時に顔をこわばらせた。
空を回旋するその鳥は、顔や腕、体つきはまるで人のような形をしていた。だが下半身は鳥と同じく羽で覆われた下尾筒や尾和に、爪の長い足指。その背中には禍々しい黄色のまだら模様が描かれた青い羽根が生えており、人ではないことを物語っている。そしてその心臓部分に、うっすらと赤く光るものがあった。
「鳥人間かよ。今度はリヴァーレ族か」
その人鳥はしばらく空を回旋したあと、再びけたたましい声で鳴いた。
さえずりなどという可愛いものではなく超音波のように甲高いその音に、一同は耳を塞ぐしかない。
鳴き声がやんだと思ったら、その鳥は旋回をやめて宙に止まった。そして一箇所に視線を定めると羽を大きく翻し、そこから巨大な風を放った。
風は刃のように鋭く、綺麗な切り口を残して建物を破壊していく。
「すげえ威力だな」
セナはクリンを見た。とてもじゃないが、彼を連れて逃げられる状態ではない。それに、おそらく隣の聖女は逃げる道は選ばないだろう。
「俺があの鳥人間をひきつけるから、町の人たちをここまで避難誘導できるか?」
「あんた一人で戦おうっての? 冗談でしょ、あたしも行くわよ」
「では町の人たちへの非難誘導は教会の方々にお願いするのはいかがですか。そのほうが今後のためにも良いかと」
「それ、いいわね」
ミサキの言いたいことを理解して、マリアは同意する。教会が住民を守ることで、互いの信頼関係も回復できるかもしれない。
「ミサキはここでクリンのこと頼めるか?」
「わかりました。二人ともお気をつけて」
ミサキがうなずいたのを確認し、セナとマリアは窓から飛び出して行く。
人鳥は無差別に人や建物を薙ぎ払った。
予想外の敵襲に平穏を奪われた人々は一瞬にして恐怖の渦に巻き込まれ、縦横無尽に逃げ惑っている。
大きな都市のため町を守るシグルス兵は多く、長い拳銃を構えて応戦しているが、空高く飛ぶ相手に銃弾は届かず。人鳥からの反撃にさらなる被害を生むだけだった。
「セナ、どうするの?」
「とりあえずはこっちに注意を引きたいよな」
「じゃあ、あたしを抱えていつものサルみたいにぴょんぴょん跳びはねて! あたしが術を放ってみる」
「サルって言うなサルって」
「早く!」
「わーったよ、くそっ」
言われるがままセナはマリアを抱き上げて、建物づたいに人鳥へ向かっていった。
人鳥はセナたちの存在に気づかずに、羽をあおいでは風を起こし、人々の命をたやすく奪っていく。
「行くわよ!」
目いっぱい近づいて、マリアは氷柱を放った。しかし横から飛んできたそれに鳥はすぐさま反応し、さっと飛びのいてしまった。
「早い……」
「もう一発行け!」
「おっけー!」
相手によそ見をさせないよう、マリアはどんどん氷柱を放っていく。人鳥はこちらを確認するなりまた甲高い鳴き声をあげた。
「うっせえ、うっせえ」
鼓膜が破れそうなほどの大きな音に顔をしかめながら、セナは教会とは反対のほうへ向かった。
簡単におびきよせられて、人鳥はマリアの顔目がけて風を放った。
「セナ!」
「まかせろ!」
風圧が届くその一瞬を見計らい、セナは跳躍力を駆使し高く高く舞い上がった。風の刃はもといた場所を跡形もなく消し去ってしまい、その威力を物語る。
「セナ、よけちゃダメだわ! 町が被害にあっちゃう」
「んなこと言ったって」
「あたしが結界を張るから、絶対によけないで。わかった!?」
「ホントおっかねーよな、おまえ……」
セナの頭をポカッと叩きながら、マリアは再び氷柱を放っていく。
まるで呼応するように今度は人鳥が風を送ってくる。タイミングよくマリアが結界術をほどこせば、その風は四方に散って威力を失った。マリアの作戦は成功のようだ。
そうしているうちに、かなり教会から遠ざかってきた。
「このまま街道のほうまで行きましょう」
「よしっ!」
二人はうまく敵を引きつけることに成功し、そのまま人気のない街道へ向かっていった。
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