第十八話 三つ巴

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 やがて影は動き始める。巨人の行動は、人々の期待を裏切るものであった。  おもむろに立ち上がり、舗装された地面を壊しながら一歩、二歩と踏み出して、巨人は長い腕を振り下ろした。  建物は無惨に破壊され、地上にいる人々を瓦礫の下敷きにしていく。  そこからけたたましいほどの悲鳴があがって、まるで蜘蛛の子を散らすように人々は逃げ惑った。 「どうなってるんだ!」 「ただ暴れてるだけじゃないか!」  住民がシグルス兵へ詰め寄ったところへ、また壊された建物の瓦礫が降ってくる。固い瓦礫に押しつぶされた住民と、一目散に逃げ去るシグルス兵。周辺は一気にパニック状態に陥るのだった。  巨人は次々に建物を押しつぶし、まるで花でも摘むかのように軽々と命を奪っていく。  やがてこちらのほうに体を向けたので、教会に避難していた人たちは身を寄せ合って震え上がった。 「こっちに来るぞ……!」  ジャックの険しい声に、クリンは背筋を凍らせた。   ちらりと横を見れば、ミサキはなんとか冷静さを保とうと自身の心と葛藤しているようだった。  ひとまず彼女を落ち着かせたほうがいい。どうにか避難を……と思った時だった。  そこへ、ズシン、ズシン、と大きな地響きが近づいてきて、風に乗って粉塵が飛んできた。しだいに大きな影ができあがり、辺りを暗くさせる。   「うわあぁあっ」  近くにいたシグルス兵たちが半狂乱で銃を撃ち放った。それは激しい銃声を鳴り響かせるもわずかに届かず、巨人はおかまいなしにこちらへと歩を進めている。  立ちのぼる煙の隙間から至近距離で見えたその生物兵器は、無機質な表情のまま教会を視界にとらえた。  音もなく腕を持ち上げれば、それはこちらまでじゅうぶん届く範囲。  逃げるにはもう、間に合わない。 「……っ!」  クリンは死を覚悟して、ミサキを抱きしめた。  刹那、バリッと激しい音がして、空気が振動したと思ったら、何もないところから光が生まれた。それは人の形に変化して、巨人の腕が振り下されたその瞬間、光は透明の膜を作ってその拳を弾いた。 「──マリア、セナ!」  光の正体は仲間の二人である。巨人とクリンたちの間に立ちはだかり、マリアが結界を張って守ってくれたのだ。  マリアを地面におろしつつ振り返ったセナは、クリンの姿を確認するなりギョッと目を見張った。  高熱だというのに立っていることもさることながら、その顔には殴打されたような痕があり、自分のいないたった数十分の間に何があったのか不思議なようだ。 「おまえ起きてて平気なのかよ。おまけになんだその顔」 「ははは」  説明するのも億劫(おっくう)で、笑って誤魔化す。  セナはそんなクリンを不可解に思いながらもそんなことを言っている場合ではないと判断し、マリアに向き合った。 「お前はここでいったん結界張っておけ。俺があいつを向こうまで連れてく」 「わかった! あとで行くね」  短い会話を終えるなり、セナはその場をあとにして巨人に向かって走っていった。  マリアは再び手をかざすと、周辺を逃げ惑う人々に向かって声を張り上げた。 「みなさん、私が結界でお守りします! 教会へ集まってください!」  その瞬間、マリアを中心に大きな膜ができあがり、周囲一体は光に包み込まれた。そこへ巨人が薙ぎ払った家屋から瓦礫が散らばり落ちてきても、結界はびくともせず。その様子に人々は安堵と希望を抱き、言われるがまま教会のほうへ集まるのだった。  結界の外から人がやってきては一瞬結界を解き、また光を放っては膜を生み出す。人々はその後ろ姿を、神々しいものでも見るような目で見守っている。「あれが聖女様……」と、誰かがぽつりと言った。  遠くを見れば、巨人のまわりを飛び跳ねているセナがうまいこと注意を引けつけてくれたらしく、巨人は方向転換して誘われるがまま街道のほうへ歩き始めた。  向こうの空には、宙に浮遊したままこちらの様子を観察する姿がひとつ。  リヴァーレ族であるというのに破壊行動を中断し、青い羽を広げてじっとこちらを見つめる鳥の姿があった。  怪物二人にセナ一人では、とうてい太刀打ちできない。 「ミサキは教会の中に入って。ジャックさん、ミサキをお願いします」  いまだ腕の中におさめていたことに気づいて彼女をゆるりと解放しながら、クリンは言った。 「クリンさんはどうするのですか?」 「僕はマリアと一緒にセナのところにいく」 「いけません! まだ熱がこんなに高いのに」 「弟をほうってはおけないよ」 「でも……っ」  二人がそんなふうに押し問答をしていると、市街の中心地からガタガタと音がしてきた。見れば、黒塗りの自動車が三台、煙をもくもくと吐き出しながら教会に向かってきている。 「中に入れろ!」   運転席から叫ぶ男の声に応じて、マリアは結界の中へ招き入れた。  その三台の車が、ずらりと自分たちを囲う。やがて車の中から人が降りてきたと思ったらそれは上等な服を来たシグルス兵で、あろうことか持っていた銃をマリアのほうへと向けたのだった。 「!」  ダンッと、甲高い銃声が鳴り響く。
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