第十八話 三つ巴

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 だが、ここでマリアの体がふらりとよろめいた。 「……っ」 「おい!」  ダガーをおさめて慌てて駆け寄れば、彼女は膝をついたところ。その顔は疲労感で溢れていた。  無理もない。彼女はリヴァーレ族が出現してから、攻撃、移動、結界と、ずっと術を使いっぱなしだったのだ。  きわめつけは、あの巨体を貫くほどの大きな氷柱。もうマリアにはわずかな力しか残されていなかった。 「ご、ごめ……。こんな時に」 「いいって。休んでろ」  セナはマリアを抱き上げると近くの街路樹のもとへ寄りかからせた。  それから彼女のもとへ攻撃がこないようなるべく遠くへ移動し、鳥人間と正面から向き合った。  一対一だ。  囮作戦ができない以上、まっこう勝負に出るしかない。  セナは再びダガーを構えて、相手の出方をうかがった。  鳥人間はその間もじっとこちらを眺めているだけだった。  真横から冷たい風が吹き抜ける。  いつまで待っても動きがなく、対峙したままの状態で、セナはしだいに不安を覚えてきた。  じっと宙を浮遊する鳥人間は、まるでこちらを攻撃する気がないようにすら思えて、この時間がやたら不気味でしかたない。  どうやら、こちらから動くしかないようだ。  ギンから教わったのはもちろん先手を譲る手段だけではない、こちらからぶつかっていく技もたっぷりと仕込まれてきたのだ。  さて、と気持ちを整えて、セナは動き始めた。  まずは大きく横へ跳躍する。それからガス灯へ、街路樹へ、地面へ、それこそサルのように飛び回り、相手の気を撹乱させる。  街路樹の影に一瞬だけ身をひそめ、飛びだしたタイミングで石を投げればそれは人鳥めがけてまっすぐに飛んでいった。  が、もちろん避けられることは想定内だ。  予想どおりひらりとかわした人鳥に、追撃はまだしない。 「まずは空中からひきずりおろしてやる」  それから幾度となく石を投げては避けられてを繰り返し、やがて人鳥の避けた先が街路樹の近くになったことを確認するなり、セナはその樹の枝に飛び乗りながら角度を定めて再び石を投げた。  枝と枝の間をすり抜けて飛んでくる石に、鳥は上に避けるしかない。だがそこにはすでに大きく跳躍したセナが待機していた。  同じ目線の高さまで宙に浮いて、黒いダガーを投げつければ、それは狙い通り鳥の青い羽に直撃し、右翼を貫通した。  キィィィイィ──ッ!と、甲高い鳴き声をあげて、鳥は地面へと急降下していく。    同時に地面へと降り立ったセナはここでやっと追撃に出る。  ダガーを拾って、うつ伏せでもがき苦しむ人鳥の左翼を切り裂けば、青い羽が宙を舞った。  血は出ない。  代わりに鳥はまた超音波のような悲鳴をあげている。  文字通り飛び道具を奪われて、鳥人間は地面をむさぼる。  セナはとどめを刺そうと思って、ダガーを握り直した。  目線の先は、人鳥の胸元でこうこうと灯る赤い光。おそらくここに赤い石が眠っているはずだ。  赤い石を取り出せば、泥人形であるこの鳥人間は砂になって消えるだろう。  ……だが、その前に。  セナは確認したいことがあった。 「なんで俺を助けたの?」  人鳥は、聞こえているはずもないのに鳴くのをぴたりと止めた。 「なんで攻撃してこない?」  セナの質問に、鳥が答えられるはずもなく。  人鳥はキィ、と一声鳴いたあと、下からセナを見上げた。  そのガラス玉のような瞳に吸い込まれてしまったかのように、セナはそこから動けずにいた。  セナの奇妙な感覚は、このことだった。  生物兵器とリヴァーレ族とセナ。三種が三つ巴になった時、生物兵器が攻撃してくるたびに、この鳥人間はこちらを守るような動きをしていたのだ。  そしてこの鳥は一度たりともセナを攻撃したりはしなかった。  もちろん、今回だってそうだった。  攻撃したのはセナだけで、反撃すら返ってこなかった。 「おまえ……人間の味方なのか?」  ひとつの疑念が浮かび上がってそのまま口にすれば、鳥は痛みに体を震わせながら、ゆっくりとその手を伸ばした。  人間のような白い手。それを小刻みに揺らしながら、伸ばした先はセナの顔。 「……」  セナはよけるのも忘れて、じっとガラス玉の瞳に魅入られていた。 「セナッ!」  ハッと我に返らせてくれたのは、マリアの声。  セナは迷いを断ち切ってダガーを振り下ろし、赤い光めがけて突き刺した。  風に乗って飛んでいく砂化粧を見守る。  いつのまにかマリアもやってきて、セナの横に並んでその景色を眺めていた。  ……なんとも後味の悪い結末だったが、三つ巴の戦いは人間側の勝利で終わった。
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