第十九話 ミランシャ皇女の真実は

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 ジャックはミサキを中に入れるとすぐさまドアを閉めた。廊下の向こうで執事の声が聞こえたが、ジャックがドアに寄りかかっているので開けることはできないようだ。 「何をなさるんです。ドアを開けてください!」 「話せ。クリンの言葉は本当か」 「いいえ! 聖女たちを殺したのはわたくしです」 「違う、ミサキじゃない!」 「クリンさんは黙っててください!」  振り返ったミサキの表情はもう、機械人形なんかじゃなかった。おそらく表情を殺すことで心を保っていたのだろうが、それすらももうできないようで、彼女の呼吸はひどく乱れていた。 「クリンとお前の言葉だったら、信じるほうは決まっている」 「……っ」 「クリン、話せ。何かわかったんだろう」 「やめて、言わないで!」  耳をふさいで、ミサキはその場にうずくまった。  彼女のことは気の毒だが、だからこそ、言わなければいけない。 「ミサキ。君はあの婚約者に薬か何か盛られて、動くこともしゃべることもできなかったんじゃないか? だから聖女たちが殺されていくのをただ見ていることしかできなかったんだ。助けたかった‘彼女たち’っていうのは聖女たちのことだろう!? 聖女たちを殺すように指示したのはミサキじゃない、ソルダートだったんだ」 「……!」 「そして君はそのまま聖女撲滅運動の先導者に仕立て上げられてしまった。だからあの人を殺して責任をとろうと思ったんだ。そして自分も死んで償うつもりだったんじゃないのか!?」 「やめて……!」  彼女は肯定こそしなかったが、打ち震えるその背中からありありと真実が告げられていた。顔を伏せているミサキの表情は見えないが、ぽたぽたとこぼれ落ちる涙から、彼女の苦しみが伝わってきた。  立ち上がることを諦めて、クリンは床を這う。体が熱い。斬られた肩が痛い。膝がしびれて言うことを聞いてくれない。  だけど、どうしても彼女を一人で泣かせたくなかった。 「ミサキ」  ゆっくり手を伸ばして、彼女の背に触れてみる。彼女はびくりと体を震わせたけど、拒絶はされなかった。  そのまま抱きしめて彼女の全身をすっぽり包み込んだ時、そのあまりの儚さに自分まで涙がにじんだ。 「……っ。ごめん、なさい……っ。ごめんなさい!」 「ミサキ」 「わたしの……わたくしの、せいで……っ」 「君のせいじゃない」 「わたくしが……っ、殺したも、同然……」 「違うよ、君だって被害者だ」 「いいえ……っ」  ふるふると首を振って、そのまま彼女は泣き崩れた。その小さな体が崩れ落ちてしまわないように強く強く抱きしめながら、クリンの胸には悲しみ以上の感情が沸きあがってきていた。それは怒りだ。いや、怒りと悲しみと憎しみが、ひとつの容器の中で乱暴にかき混ぜられたような、ドロッとして真っ黒な感情だ。  ──許せない。  当時、今の自分と同い年くらいだったソルダートが一体何を考えていたのかは知らない。だが、どんな理由があったって、人の心をここまで苦しめていいはずはない。  まだ十歳だった少女に毒を盛り、大勢の命を奪って、その罪を少女になすりつけるなんて、まるで悪魔のような所業である。いったい彼になんの権利があるというのだ。 「妹は……」  怒りの感情をそのまま制御できず、狂ってしまいそうな自分の頭上に、ジャックの小さな声がおりてくる。そのおかげで我に返ることができた。 「妹は……お前に殺されたんじゃなかったのか?」  彼の声には、戸惑いがありありと表れていた。と同時に力任せに鞘を握ったのがわかった。 「うそだ……じゃあ妹は、なんのために……!」  ジャックの声が部屋に響いた。  そのあとは一瞬の静寂が襲う。  だがドアの向こうからバタバタと喧騒が聞こえてきて、その静寂はすぐに破られてしまうのだった。 「……リ──ン!」 「ミサキ──!」  廊下の奥から聞こえてくるその声に、クリンとミサキは同時に息を飲む。 「──セナ!」  弾かれたように、声を張り上げて弟の名を呼ぶ。  間違いない、あれはセナとマリアの声だった。彼らが助けに来てくれたのだ! 「ジャックさん! ドアを開けてください」 「……っ」 「早く!」  いまだ思考が停止しているのか、ジャックは反射的にドアを開けた。  廊下の向こうから屋敷の者たちと思われる声に混ざって、銃声が響き渡る。  一瞬心臓が跳ね上がったが、無事を知らせるかのように、もう一度、セナの声が聞こえてきた。 「セナ、ここだ! セナ──!」  廊下から真っ白な光が溢れてきて、その発光源であるマリアがドアの向こうから顔を出した。すぐ後ろにはセナがいて、部屋に入ってくるなりドアを閉め、密室状態にした。  どうやら結界で身を守りながら強行突破してきたらしい。二人の怪我ひとつない姿を確認するなり、クリンはうっかり緊張の糸が切れてしまいそうだった。  バン! バン!  弾丸が容赦無くドアに撃ち込まれていく。  マリアは結界を大きく張り直すと、全員を光の膜で覆い尽くした。それからまっすぐ駆け寄ってきて、クリンの代わりにミサキを包み込んだ。   「ミサキ! 無事でよかった」 「マリア……」  ミサキはその顔を涙で濡らしながら、どうしていいかわからないと言った表情のまま、それでもマリアの腕をふりほどくことができないようだ。 「クリン、おまえ……っ」  セナの声に視線を上げれば、その場に硬直したまま顔をこわばらせている弟の姿。全身傷だらけで床を這いつくばる兄を見て悲痛な面持ちを浮かべたあとで、セナは衝動的にジャックにつかみかかった。 「おまえか!」 「セナ、待て! やめろ!」  胸ぐらをつかんで今にも殴りかかりそうなセナに、クリンは声を張り上げる。  今はそんなことを言っている場合ではない。 「撤退だ! もうここに用はない」 「クリンさん!」 「いい加減にしろミサキ! もう五年前とは違うんだよ! まだわからないのか!?」 「……っ」 「僕らがいる! 誓いを破るなんて許さないぞ!」  彼女からの反応を待たず、クリンは膝に力を入れて立ち上がった。すぐに痛みに負けて倒れそうになったところで、セナの手が支えてくれた。  バン! バン!  銃弾がドアノブを弾いて、やがてドアが開かれる。 「ずいぶん困ったことになったね」  ドアの向こうから現れたのは、困ったと言いながらもちっともそんな表情ではない、ソルダートだった。
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