第二十話 悲しみの末に

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第二十話 悲しみの末に

 光とともに一瞬で景色が変わった。足場が突然なくなったのか、クリンの体は急降下した。  運良く着地したのは床の上。ドスンと勢いよく尻餅をついて痛みに顔をしかめれば、世界は真っ暗闇だった。怪我をした体に負担がかかったのか、傷口がものすごく痛い。 「……う……。みんなは!?」  腕の中におさまっているぬくもりに気がついて、それがミサキであると知る。彼女の呼吸は荒く、体は尋常でないほど震えていた。 「痛った〜〜。みんな、無事!?」  すぐ近くからマリアの声がする。  「いってー……ケツ打ったじゃねえか、この下手くそ!」  次いで、セナの声もした。「ほんとポンコツだな!」と毒づいて、マリアが「しかたないでしょ、バカ!」と応戦している。 「セナ! ジャックさんは!?」 「いるぜー。寝てるけどな」 「よかった。五人、全員いるみたいだ」  ホッと胸を撫で下ろした。この暗闇、どこに飛んできたかはわからないが、どうやらソルダートの屋敷からは脱出できたようだ。  が、安心するのはまだ早い。ミサキの容体が思わしくないのでひとまず彼女を落ち着かせたほうがいいだろう。 「うっ……、ふ、うぅ」 「ミサキ、大丈夫か?」 「どうしてっ……どうして止めたんですか!?」  クリンの服をぎゅっとつかんで、彼女がこちらを見上げたのがわかった。 「あの人は何人もの聖女を殺したのに! どうしてあのまま放っておけるんですか!? クリンさんに一体なんの権利があってこんなことするんですか!?」 「……」  ごめん、とは決して言わない。  彼女の苦しみは痛いほど理解できる……いや、自分の想像以上にきっと彼女は苦しんでいる。だけど、それでも自分のしたことが間違っているとは思いたくない。 「恨んでくれてかまわない。全部僕が悪い。でも……それでも誤った道に進んでほしくなかった。君とジャックさんが無事で、本当に嬉しいんだ」 「……っ、聖女たちはわたくしのせいで死んだのに、どのつら下げて生きろっていうんですか!」 「君のせいじゃない」 「わたくしのせいでしょう、あなたに何がわかるの!?」 「それでも! ……それでも、生きていてほしいんだ。命を大事にしてほしかった」 「偽善者! あなたって、いつも綺麗事ばっかり! 大嫌い!」 「うん」 「うっ……、ううぅ……う────……っ」  ポン、ポンッと、力任せに胸を叩かれる。何度かそうしたあとは、ミサキは声をあげて泣き続けた。  これ以上かけてやれる言葉は見つからず、クリンは彼女を閉じ込めたまま周囲を見渡した。彼女のことは気がかりだったが、今いるここが安全な場所かどうかがわからない。  真っ暗闇の世界は空気が乾いていて、少し埃っぽいような気がした。 「ここ、どこだろう……?」 「もしかして!」  クリンの声に重なって、マリアが暗闇の中で動いた。シャッと布が動く音がして、それがカーテンであることがわかると、窓から見えた景色はやはり黒。だが遠くに夜空が見えて、暗いのは夜だからだと理解した。  窓の外を眺めて、マリアは「やっぱり」と呟いたあとで、 「ここ、プレミネンス教会だわ」  と言った。 「プレミネンス教会って……ネオジロンド教国の!? ミアジストラ大陸の!?」  まさか海を越えて別大陸に来てしまったとは。  驚いてうっかり声をあげてしまったクリンに応えるようにして、部屋にあかりがついた。マリアが炎の術で、天井のランタンに火をつけたのだ。  明かりに照らされた部屋を見渡せば、そこは六畳ほどの小さな物置小屋だった。壁は羽目板をそのまま打ちつけただけなので隙間風がふき、ドアはぼろぼろで今にも壊れてしまいそうである。  狭い室内にはクッションを床に並べただけの簡易ベッドと、床に積まれた十冊ほどの本、それから蓋がついた収納用の木箱があるだけ。  質素というにはあまりにもみすぼらしい雰囲気で、まるで囚人部屋みたいだなと思っていたら。 「ようこそ、あたしの部屋へ」  マリアがそんなことを言うものだから、口に出さなくてよかったと思いつつ、本気で驚いた。  だが、部屋の主は周囲の反応よりも気がかりなことがあった。もちろんミサキのことだ。 「ミサキぃ……」 「マリア……ごめんなさい!」  マリアがおそるおそるミサキの背中に手をそえると、ミサキはクリンの手から離れてマリアにしがみついた。 「なんで謝るの?」 「マリアに……ひどいことを……」 「なんのこと?」  クリンはそれを理解したが、マリアは気づかないようだ。それはおそらくソルダートと再会した時のことだろう。マリアを助けるためとは言え、「邪魔をしないで」と突き放し、セナのところへ行かせたことだ。 「ごめんね……ごめんね、マリア」 「よくわかんないけど、ミサキが謝ることはなんにもないよ」 「そんなことない……。わたくしはもっと、あなたたち聖女にひどいことを……」 「……」  マリアは今度こそ、謝罪の意味を理解したようだ。その顔をさっと曇らせて、ミサキの体を優しく包み込んだ。ミサキからではなくミランシャ皇女からの謝罪を、聖女であるマリアはどう感じたのか、クリンには読めない。  ミサキはそのまま懺悔(ざんげ)を続けた。 「もとはと言えば……わたくしがいけないの。誤解されるような……こと、言うから……」 「誤解?」 「プレミネンス教会を……批判なんて……そんなつもりじゃなかったのに……」 「批判って……」  ミサキとマリアのやりとりを聞きながら、そういえばジャックがそんなことを言っていたなとクリンは思い出した。ミランシャ皇女がプレミネンス教会を批判したことで、聖女撲滅運動が始まったのだと。 「誤解、なの……。ちがうの。『皇室の悲劇』を……繰り返したくなかっただけ。お父様が、あまりに気の毒だったから……」 「皇室の悲劇?」 「聖女を、守りたかった……。彼女たちがあまりに不遇すぎて……酷ではないかと。気の毒だと。それを、ひ、批判だなんて。撲滅なんて……そんなつもりじゃ」 「……」 「違うって言いたかったのに……っ、目が覚めたら、体も、指も、……動かなくて……せ、聖女が……いっぱい死……死ん……っ。い、いや……いやあっ!」  その時の記憶がフラッシュバックしたのか、彼女は頭を振り回して泣き叫んだ。   「ミサキ、落ち着いて」 「ミサキ」  尋常でないほど呼吸が浅くなっていく。このままでは彼女の精神がもたないだろう。 「もういい、しゃべるな。大丈夫だから」 「ごめんなさい、ごめんなさい!」 「ミサキ」 「ごめんなさい……!」  ミサキはそれでも、言葉を吐き続けるのをやめなかった。
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