第二十話 悲しみの末に

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66b309c1-7493-4614-a982-c747906b1d8f  セナはぶるっと体を震わせた。  「……さむっ」  外の空気に触れて、まず感じたのは肌を刺すような寒さだった。  シグルス大陸から北上したところにあるこのミアジストラ大陸は、北半球に位置する。南半球とは季節が逆であり、今こちらは秋から冬にかけてという季節。……つまり、寒い。  四季の移り変わりが少なく年中あたたかい気候だったアルバ諸島出身のセナにとって、この寒さはこたえた。  ほう、と息を吐けば白い湯気が口から出て、興味をかきたてる。もう少し北のジパール帝国は一年の半分が雪に覆われていると聞いたことがあるが……雪って美味しいのだろうか。  そんなことを考えながら、マリアの小屋近くにあった樹のてっぺんまで登り、遠くを見渡していた。夜のため視界は真っ暗だったが、どうやらここは、だいぶ栄えた大都市の一角にあるらしい。四方を見渡しても色々な建物が並んでいるのがわかった。  東の方角、ちょっと行ったところに明かりを確認。こんな時間になっても明るいということは、旅人が行き交う大通りがあるはずだ、宿もきっとあるだろう。それにあの距離ならクリンを担いででもすぐに辿り着ける。  樹の下で待機しているマリアはもうとっくに行き先をわかっていると言いたげに「早くしなさいよサル」と、自分と同じように白い息を吐いていた。が、自分は行き先を知りたくてここに登ったわけではなく、彼女が育った都市を一望してみたかったのである。  ふと見下ろせば、マリアの小さな部屋が見えた。  部屋といってもそれは物置小屋で、あたりは雑草が生い茂り、近くに使われていなさそうな井戸があったりと、ずいぶん生活からは隔離されたような印象を受ける。  ここはプレミネンス教会の敷地内、教会の裏手に位置している。眼前に広がる教会の建物はここからでは全貌が見えないほど大きくて立派な造りであった。夜のためはっきりとはわからないが、装飾や窓などどれをとっても格調高い造りとなっており、厳かな雰囲気をまとっている。  あれほどの大きな建物ならば、聖女の部屋ひとつくらい余っているはずなのに、マリアはそのひとつすら与えてもらうことを許されなかったのだろう。  彼女が平民以下のような扱いを受けてきたという話は、ミサキから聞いたことがあった。  本来ならば、聖女は教会の中に部屋を与えられ、しっかりと管理されたタイムスケジュールで生活を営みながら修行を行う。授業や術の実技テストなんかがあるところは学校に似かよっていた。  彼女たちの生活必需品は基本的に教会に言えば支給してもらえるらしいが、私服や装飾品、嗜好(しこう)品など、市街地にある商店街で購入するものは月々に与えられるわずかな支給金でまかなう。それ以外では家族に支援してもらうことも可能だ。もちろん食事は三食用意され、当番制らしい。  しかしマリアは他の聖女たちからテストの妨害をされたり、支給金を横取りされたり、自分のぶんだけ食事を作ってもらえなかったりと、さまざまな嫌がらせを受けてきた。  マリアが教会の管理する孤児院に出入りしていたのは、けっしてボランティア精神からというだけではない。そこに行けばたとえわずかであっても食にありつけるからだ。「だからあの子はあんなに痩せているんだね」と言ったクリンは、その話を聞いてからとにかく美味しいものを見つけてはマリアに食べさせていた。  そのマリアが住んでいたという、風が吹けば今にも壊れてしまいそうなぼろぼろの小屋を見て、セナの心には黒いモヤのようなものが生まれた。が、そんな感情をゆっくり吟味している場合ではない。 「なにが『世界に平和と安寧を』だよ」  小さな女の子の平和ひとつ守れないくせに。  そう心の中で吐き捨てて教会を一瞥すると、セナは樹の下で待機していたマリアのもとへ降りていった。  一刻も早く、こんなところから立ち去りたかった。  プレミネンス領はネオジロンドの首都にあたるため、幸い宿屋はいっぱいあった。無事、三人部屋と二人部屋を確保してクリンたちを迎えに行けば、もうクリンの意識は遠いところにあった。  完璧にダウンした兄の姿を見て、セナは心配とは別のため息をついた。  体調を崩した兄はめんどうくさいのだ。  クリンは風邪をひくと一気に精神まで病むタイプで、とにかく一人を嫌う。おまけに体温調節の機能まで衰えるのか「寒い」と「暑い」を繰り返すため、部屋の温度管理も含めて誰かがつきっきりで世話をしなければならず、やはりめんどくさい。  今夜は寝ずの番を覚悟したほうが良さそうだ、と密かに覚悟を決めた。  こうして一行は、クリンが回復するまでここに留まることとなった。  思えば四人がシグルス大陸に入ってから、今日まで休みなく駆け抜けてきた。とくに今日はリヴァーレ族や生物兵器と対峙したり、ミサキの記憶は蘇ったり、一気に別大陸まで飛んできたりと、とにかく濃厚な一日だった。  彼らにとっても久しぶりの休息である。
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