第二十話 悲しみの末に

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 翌日。晴れた青空のもと、セナとジャックは商店街を歩いていた。  セナたちは防寒具などを含めて旅の必需品を買い足しに、そして別行動になると決まったジャックも自身に必要なものを買い出しに来たのである。  クリンがどうだかは知らないが、ネオジロンド教国がどんな国なのかセナにとってまったくの未知である。人々の生活様式や街並みなど、知らないことだらけでワクワクした。  そんなセナが何に一番驚いたかと言えば、やはりと言うべきか、食の旨さである。  甘味のギュッと詰まった野菜や果物などの自然の旨さだけでなく、寒い冬を乗り越えるために作り出された温かい料理の豊富さ。  観光を売りにしている土地柄ではないため露店が少ないのが残念であったが、商店街の八百屋や総菜屋、それから軽食屋など、立ち寄るたびにその美味しさにセナは舌鼓を打った。  隣を歩くジャックは、弟の食の太さに呆れながらもしっかりとガイドの役割もこなしてくれていた。  ネオジロンド教国はいわゆる君主制であるが国王はなく、プレミネンス教会の最高権力者である教皇が政治を行う。とは言え領地の管理は教皇から爵位を授けられた領主が執り行うので、教国と言っても他国の王権制度とほとんど変わらない。  違うのは、教皇以下、教会の人間は皆聖女であるため代替えは世襲制ではなく、教皇からの指名制であるというだけ。  教会と言っても神を崇める宗教とは違うので、そこで生活する人々もみな一般的なものである。  ではなぜ`教会'と呼ぶのか。それは聖女に対して教えを説く場所だからである。  プレミネンスは魔女狩りから聖女を守ってきた歴史がある。その力を正しいことに使うよう彼女たちに指導してきたことから、いつしかここを教会と呼ぶようになった。 「そういや巡礼先の教会には男の神父がいたじゃん。あれはなんなの?」 「彼らはみな、その地を守る聖女の家族だったり、プレミネンスから派遣された者たちだな。男性社会の多い他国のスタイルに合わせて配置した職だ。どちらにせよプレミネンスに厳しく管理された者たちだがな」 「ふーん」  ジャックの解説を話し半分に聞きながら、セナは街並みを眺める。たしかに街を行き交う彼らは、どこの国にもいそうなほど、平凡でありふれた人種に見える。教国というから、もっと規律がガチガチで閉鎖的な国なのかと思っていたが、そうではないようだ。 「この人混みの中にも聖女がいんのかな」 「ああ、そうだろうな」  聖女か一般人か、見た目だけでは区別がつかない。すれ違う人々を見渡しても、誰がマリアの同僚かセナにはわからなかった。  商店街のど真ん中。足を止めて人混みを眺めている自分に、ジャックから催促の声はかからなかった。彼はここネオジロンドの出身なので、この景色の中にも郷愁にふける何かがあるのだろう。 「商店街もあらかた見終わったかな。デカイだけで大したことねーな」 「まあ、プレミネンス領は、他国で言うところの首都だからな。観光的なものはないが、ここから少し離れれば観光を売りにした領地もあるぞ」 「へー」 「いつか落ち着いたら行ってみるといい。おすすめは西海岸だな。アルバ諸島とは違った海鮮ものが多いから、弟くんは楽しめるんじゃないか」 「……まあ、考えとく」  気のない返事を送りながら、セナはあの兄がやたらとジャックに懐いていた理由が少しだけわかったような気がした。相手の懐に入り込むのがうまいのだろう、この男は。だからと言って仲間を傷つけた男をそうやすやすと許せるわけもないが。  こちらの思惑を知ってか知らずか。ジャックはぽつりと言った。 「……クリンのことは、すまなかった」  喧騒にまぎれてうっかり聞き逃してしまいそうなほどの小さな声に、セナは少しだけイラッとした。  どのみちここで言うことではない。 「それは本人に言ってやれよ」 「どうかな。あの子はすぐに許してしまいそうだ」 「いいんじゃね? あっさり許されて罪悪感で苦しめばいい」 「……弟くんは容赦がないな」  はんっと鼻で笑い飛ばして、セナは再び歩き出した。……のだが。 「ギンさんにも、お礼を言っておいてもらえるだろうか」  またしてもジャックからそんな言葉がかけられたので、セナはその足を止めて今度こそ怒りをあらわにした。 「だから、それも本人に直接言うべきことだろ、他人の口に任せるな」 「……そうだな、すまない」  素直に謝罪を口にしてはいるが、おそらく合わせる顔がないのだろう、彼はギンのもとへ行くつもりはなさそうだ。 「ついでに穏便派を集めるの手伝ってもらえよ。ギンのおっさん、穏便派の頭だったんだろ」 「……どのつら下げて会えと」 「そのまんまの情けねーつらでいいじゃんかよ、説教のひとつでももらってスッキリしてくれば?」 「……」  別に、ジャックに激励を送ったわけではない。ただ彼がギンのもとを訪れれば、そしてこれから彼が何をしようとしているのかを知ったら、さぞギンが喜ぶだろうと思っただけだ。  ジャックは「感謝する」とこぼした。その目には、もう迷いがないように思えた。  今度こそ歩き出し、もう見るところもなさそうなので宿屋へと向かう。大通りのため道は混雑していて歩きにくい。 「礼を欠くようで悪いが、クリンには挨拶をせずに行くよ。なるべく早く立ちたい」 「ふーん」 「だが、言付けは不要だ。いつか礼を言いに、必ず会いに行く」 「……そっか。じゃあ、そのことだけ伝えておいてやるよ」  少し寂しがるだろうが、きっと兄の喜ぶ顔が見れるはずだ。自分にはこの男の良さはわからないが、長男であるクリンにとっては兄のような存在なのだろう。これ以上、彼を邪険にする理由はない。まあ、なつきたいとは思わないが。 「ありがとう。君の問題も、早く解決できるといいな。巡礼も、君たちならきっとうまくいくだろう」 「へーへー、そりゃどうも」 「そうだ。あそこのケーキ屋は昔から旨いと評判だったな。たしかマリア殿は甘いものが好きだったろう、買って帰ったら喜んでくれるんじゃないか」 「…………」  突然何を言い出すのかとジャックを凝視すれば、きょとんとした顔を返される。 「なんだその顔は。まさか隠してるつもりだったのか? それはすまなかった。だが、だったら視線には気をつけたほうがいいな。目は口ほどにものを言う」  一切からかうつもりのない、大真面目な表情でそう言ったジャックの視線を受けながら、セナは思った。  絶対、絶っっっ対に、自分だけはコイツになつかない自信があると。
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