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第二十一話 妨害された再出発
「えー、みなさん。とってもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
ベッドの上でクリンがみんなに頭を下げたのは、宿についてから四日後の朝。
少しの気だるさは残りつつあるもののすっかり熱も下がり、再出発への兆しが見えてきた。が、自分がしでかした醜態の数々が鮮明に記憶に残っており、下げた頭をなかなか上げることができずにいた。
「気にしないでください、クリンさんにはいつもお世話になってるんですし」
「そうそう。意外な一面を見れて楽しかった〜」
「……マリアは忘却の術とか覚えてないの?」
「なーい」
軽く睨めば、ケラケラと楽しそうなマリアの笑顔。
「とにかく、これでやっと次の巡礼に移れるな」
これ以上からかわれるのは勘弁なので、クリンはコホンと咳払いし、本題に移った。内容が内容なだけに、マリアは思惑どおり便乗してくれたようだ。
「そうだね! 巡礼先も同じ教国内だし、馬車なら一週間から十日くらいでつくよ。いよいよだわ……」
最後の目的地を目前として、マリアは興奮をおさえられない様子だ。
「次の巡礼も最短記録目指そうね。毎回セナが二番煎じみたいに言われるのは悔しいじゃない? セナのお父さんよりウチのセナのほうがすごいってところ、見せてやらないと」
拳でグーをつくって意気込むマリアに、セナはやれやれといった感じだったが、そんな二人を見てクリンはひとつの疑問が浮かび上がった。
「そういえば、セナのお父さんも聖女の騎士だったんだよな?」
「そーみたいだな」
「同じ巡礼先を回ってるってこと? ……偶然じゃないってことか?」
「なにが」
意味のわからないセナの横で、マリアは勘づいたのか、「言われてみれば」と難しい顔をした。
以前、巡礼の説明を受けた時に、巡る聖地は任務によって異なると聞いた。マリアとアレイナはリヴァーレ族殲滅の任務を授かり、同じ聖地を追いつ追われつで巡っている。その五つ目と六つ目の巡礼にセナが騎士として付き添ったわけだが、そこにセナの父が訪れた痕跡があった。この調子だと最後の巡礼先にも訪れている可能性は高い。
「セナのお父さんたちも、同じ任務を背負っていたってことかな……」
クリンの推測に、三人は押し黙った。
セナは十五歳、リヴァーレ族がこの世界に現れたのは二十年前。セナの父とその聖女が任務を与えられていたとしても、なんら矛盾はない。だが、いまだにリヴァーレ族がこの世にはびこっているということは……。
「俺の父親は任務に失敗したってことか?」
誰もが口にできなかった答えを、堂々と言い放ったのはセナだ。そこからは、当然沈黙が生まれる。
が、それは違うのではないかとクリンは思い至った。セナの父は生きているはずだ。なぜなら司教が彼を探しているからだ。そして巡礼先の神父がたった一度だけ訪れた騎士を覚えているということは、その聖女と騎士はそうとう神父らの印象に残るような儀式を行ったということだろう。つまり、かなりの実力者であるはず。
と、いうことは、だ……。
「逃げた、ってこと……ないかな?」
「逃げた?」
「うん。七つ目の巡礼に行かず、そのまま姿をくらましたってこと」
プレミネンス教会から任務を与えられた聖女は、悲しいことにリタイアが許されていない。病気やケガなどではなく唯一その任から逃れられるのは、逃亡のみである。見つかれば重たい罰を受けるとの話だったが……。
「なるほど、俺の父親たちは今も雲隠れしてて、司教は罰を与えるために探してるってことか?」
「うん、違うかな?」
「だから息子であるセナをおとりに使って、誘き出そうとしているってわけね」
「まだそうと決まったわけじゃないけどな。情報があまりに少なすぎる」
うんうん、とうなずき合いながらも、現状では正しい答えを導きだすことは困難ということもあり、この話はここで終わりを告げた。
「今ここで考えていても始まらないな。巡礼が終わったらわかることかもしれない。さっそく明日、出発しよう」
会話がそんなふうに終わってしまったので、セナは「でも」という言葉が言えなかった。
でも、もしも父と聖女が巡礼から逃げたというなら、シグルスの教会であんなふうに歓迎されるだろうか。そんな疑問は感じたが、どちらにせよ次の巡礼先へ向かわないことには答えが出ないだろう。
ここでめんどうくさがりが発動し、セナはそのまま考えを放棄した。
「では今日一日、自由行動でよろしいでしょうか?」
「そうだな、そうしよう。僕も久々に外を歩きたいし」
三日間寝込んでしまったので、すっかり体力も落ちてしまっている。いくら馬車移動とはいえ、さすがに少しは歩いて体力を戻さなければ。
「では、わたくしもご一緒してかまいませんか?」
「……え、うん、もちろん。じゃあ四人で一緒に」
「いえ、クリンさんと二人きりで」
「……」
ミサキが改めてそんなふうに言うものだから、当然四人には変な空気が訪れる。瞬時に思い出されたのは、熱に浮かされた自分が発した三日前の言葉。落としたイヤリング。
しだいに脈が早くなって、顔にまた発熱が戻ってきたような錯覚を覚える。ミサキの表情は真剣そのもので、からかうつもりはないようだった。
ここで断っても、それはただ問題を後回しにするだけ。……覚悟を決めなくてはいけないのだと思う。
「わかった。行こうか」
決心とともに吐き出した言葉は、少しだけ固い音になった。
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