第二十一話 妨害された再出発

4/5
前へ
/327ページ
次へ
 ドンドンドンドン!  深夜だというのにドアを激しくノックする音が響いて、クリンとセナは同時に飛び起きた。真っ暗闇の中、セナは「あかりはつけるなよ」と言いながらドアから数歩離れた場所から警戒心を研ぎ澄ませた。が、すぐあとに聞こえてきた声にその警戒心は別の緊張感へと変わるのだった。 「ねえ、開けて! 大変なの!」  マリアのせっぱ詰まった声に、セナはためらうことなくドアを開けた。薄暗い廊下に、寝巻き姿のマリアが泣きそうな顔で立っている。 「どうした」 「ねえ、ミサキ来てないよね!?」 「来てねえけど……」  部屋へと招き入れられたマリアは、暗がりの中でキョロキョロと親友の姿を探している。その名前にドキッとしながらも、クリンはベッドから起き上がってガス灯に火をつけた。ベッド脇のテーブルに置いた懐中時計を確認すれば、深夜は一時を過ぎたところ。 「ミサキがどうかしたのか?」 「さっきね。寝ている時にミサキの悲鳴が聞こえたの。一瞬だけ……。それで目が覚めて、ベッドを見たらミサキがいなかったの」 「悲鳴……?」 「うん。なんか、驚いたような声だった。それでね、布団に触ってみたらまだ温かくて……。バスルームにもいなくて、廊下を探してみたんだけど、やっぱりいなくて……」  マリアの顔は真っ青だった。突然の悲鳴に飛び起きたら親友が消え失せていたのだ、よほどの恐怖を感じているに違いない。 「窓やドアに鍵はついていたのか?」 「うん。窓も確認したけど開いた形跡はなかったよ。ていうか、あたしが窓側に寝ていたから開いたら気づくはずだし。ドアも内側から鍵をかけてたし、念の為にいつもドアの前に椅子を置いて防犯対策してるから……誰かが入ってきたとは思えないの」 「ミサキの荷物は?」 「部屋にあるわ」  ということは、彼女が自分から出て行ったとは考えにくい。では彼女にいったい何が起こったのだろう? 「今からそっちの部屋に行ってもいい?」 「うん」  すぐさまマリアたちの部屋に移った。おそらくマリアがつけたのだろう、ガス灯の明かりがついた空っぽの部屋が、寂しそうに主人を待ち構えていた。  ミサキのベッドはやはりもぬけの殻。クリンは少し躊躇いながらも彼女が横になっていただろうベッドに触れてみた。が、すでにぬくもりは失った後だった。  セナがバスルームを確認し、念の為クローゼットも開けてみた。同時にクリンは窓を調べる。が、やはり彼女が消えた痕跡はひとつも見当たらなかった。 「どうしよう……。どこいっちゃったんだろう……」 「落ち着け。とりあえず座れ」    マリアがその場にしゃがみこんでしまったので、セナは肩を支えてマリアのベッドに腰掛けさせた。その時ふと、マリアのペンダントが胸もとにないことに気がついた。彼女が眠る時でもペンダントを外さないのは、野宿の時に知っていたことである。 「おまえ、ペンダントどうした?」 「え? あ、そういえばミサキに預けたままだった。チェーンが()びてたから交換してくれるって言って、そのまま」  そういえば雑貨屋でそんなことを言っていたな、とクリンは思った。それから今度はペンダントの捜索に切り替わったが、部屋中くまなく探してもそれは見つからなかった。当然、マリアの顔色はさらに悪くなり、がたがたと震え始めてしまった。  クリンは雑貨屋の時の会話をもう一度思い返してみた。だが、いくらあの時は別のことに気をとられていたとは言え、彼女に変わった様子は見られなかったはず。何かよからぬことを企んでいたとは思えないし、窓もドアも開けた痕跡がない以上、持ち逃げしたという考えはないだろう。  しだいに指先が冷たくなるのを感じ、拳を握って誤魔化した。たった数時間前に想いを交わし合って幸福の絶頂にいたというのに、まさかこんなことになるなんて。 「マリア。眠る前のこと思い出してくれるか? 先に寝たのはどっち?」 「あたし」 「それは何時だった?」 「日付が変わる前だから、十二時前かな」 「その時、ミサキはどうしてた?」 「シャワー浴びてた。ペンダントはそこの棚に置いてあったよ」  と、マリアは説明しながらベッド脇のテーブルを指さした。一度探した箇所だったが、念には念を入れてもう一度探してみる。やはりペンダントはどこにもないようだ。  時間を遡って彼女の動向を追ってみる。夕飯を四人で食べたあと、男女はそれぞれの部屋へと別れた。ミサキとマリアは女子トークに花を咲かせながら明日の出発にむけて荷物を整理し、十時頃にミサキは一度部屋を出た。彼女が戻ってきたのはそれから一時間半後。  その間彼女が何をしていたのかと言うと、宿のフリースペースでクリンとの逢瀬である。が、マリアもセナもそのことには特に触れなかった。何か告げられたわけではないが、クリンたちが今どんな関係なのかは、出かけて行った様子と帰ってきてからの様子を見ればすぐにわかることだ。そんな二人をからかうほど子どもではない。  話は戻り、夜十一時半。部屋に戻ってきたミサキはすぐにシャワーを浴び始めた。マリアはそこで眠りについたというわけだ。 「シャワーを浴びたらペンダントを直しておくねって言ってたから……ミサキはいなくなる直前までペンダントを持っていたんだと思う」  マリアの言葉で、ひとつの予想が生み出された。あまりに非現実的であるが、この密室状態ではそうとしか考えられない。たしかペンダントにはマリアの強大な力が蓄えられているはずだ。 「ミサキは聖女の力で場所移動してしまったんじゃないかな」  クリンの予想に、マリアとセナもほぼ同じことを考えていたのか、否定する声は上がらなかった。
/327ページ

最初のコメントを投稿しよう!

97人が本棚に入れています
本棚に追加